恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「川瀬はできるからな。本当、どうしていつも考え込むのかがわからない。もしも俺がアニテク(動物看護師)で川瀬のスキルがあったら楽勝だよ」

「大袈裟なくらい褒め上手ですよね」
「俺がお世辞を言うか?」
「絶対に甘い言葉を言いません。口が避けてもです、絶対」

「そこまで否定するな」
「さて、患畜の説明をしていきますね」
 それぞれのケージを回り、カルテを見ながら患畜の状況を説明した。

 患畜の説明が済むと、設備や医療品や備品の配置を説明して回った。

「この注射液の並べ方。懐かしいな」
 笑いながら、注射液を手に取っている。

「川瀬らしい几帳面な性格が表れてるよな。こうしておいてくれると使いやすいんだよ」

 海知先生は次々と把握していった。そのあとは、まるで自分の城みたいに手際よく手腕を発揮する。

 いざ外来診察になると、海知先生を一目見たオーナーで、待合室には落ち着かない空気が漂う。

 この光景は小川でも見続けてきた。

「あの人もこの人もって、どのオーナーも海知先生イケメンって、ざわめき立ってますね」

 外来診察の合間に薬棚の前で、入院患畜の薬の調剤をしながら口を開いた。

「今朝から、とっくに聞こえてるよ。いつものことだろ」

 たしかに、どこに行っても同じ反応だから、私の目も耳も慣れている。

「私のこと好きかもって、世の女性方から勘違いされずに、よく今まで生きてこられましたね」

「恋心を抱かれる前に、意識的に女性にとって“いい人”になるから。惚れられないための予防線」

 臆することなく言う素直さには嫌味がなくて、逆に清々しいくらい。

「いろいろ大変なんだよ、惚れられないために」
「でしょうね」

「美形は美形の苦労があるんだよ、川瀬にはわからない感覚だけど」
 うるさいな。

「この子に、この薬を使いたいんだ。薬代がいくらになるか香さんに聞いて来る」
「いってらっしゃいませ」

 受付の香さんとも薬の話をしてから、談笑していて、あっという間に保科に馴染み、昔からいる獣医師みたいにしっくりしている。

 どこに入っても、すぐに馴染む。もうこれは、海知先生の才能としか思えない。

 モカが来院した。予定は明日だけれど、痛みか痒みかな?
 エリザベスカラーを装着しなくちゃダメかな。

「次はマルチーズの結膜炎か」
 昨日の様子を説明した。

「わかった、ありがとう」
 ゆっくりと歩き出す海知先生の肘をうしろから掴む。

『ん?』と目を見開き、答えを待っている顔を仰ぎ見た。

「この子、男性が苦手なんです」

 訴えかけるような頼りなげな眼差しを、海知先生に注いでしまう。
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