恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 院長が診察室にオーナーを呼び入れているのが聞こえた。問診をしながら自分で書き込んでいるんだな。

 ノックをして入室し、問診票やカルテの記入を代わった。

 院長は改めてウサギの様子を聞いて、応急措置を施した。

「これからの治療内容について説明します」
「お願いします」

「先ほど受付で説明がありましたよね、うちは犬猫の治療が主体の病院です」 

「連れて来てしまってすみません」
「いいえ、それは構わないんです」
 院長の優しい微笑みに、オーナーは安心したかな。

「これから、ウサギに詳しい知り合いの獣医師に連絡をします。そして指示を受け治療を進めていきたいと思います。よろしいでしょうか」

「そこまでしていただけるんですか。ありがとうございます。よろしくお願いします」
「全力を尽くします」 

 院長が診察室にある子機を手にし、電話をかけながら獣医師に病状を説明しているから、院長の言葉をカルテに記入していく。

 院長が顎と肩のあいだに子機をはさみ、ウサギの触診を始めたから、すぐに院長の顎先にある子機を持ちながらカルテの記入を続けた。

 ちらりと顔を上げた院長が、“ありがとう”と、口だけ動かした。

 大きく頷いた私の顔は頬が緩む。医療のチームプレーって、こうしてピッタリと呼吸が合う以心伝心が好き。

 電話の途中に院長はオーナーを安心させるように目と目を合わせ、にっこりと微笑む。

 院長の笑顔を見て、オーナーは安心しているみたい。

 触診をしていた院長が肩ポケットに挿している万年筆を抜きとり、カルテにウサギの絵を描きながら、部位を丸で囲んだりマークをつけたり、数字や文字を書き込んでいる。

 ささっと描いたウサギの絵がマスコットみたいな丸っこいウサギで可愛い、しかも上手だし。 

 院長って、こんな可愛いウサギを描くんだ。

 しばらくして、治療が終わった院長が電話を切り、オーナーに今後の治療方針を説明して、ある提案をした。

「今、電話をしていた病院に紹介状を書くので、転院をした方がいいですよ」

 みるみるうちに病状が落ち着いたウサギを目の当たりにして、オーナーは院長に信頼を寄せ、転院の言葉に首を縦に振った。

「こんなに親切に診ていただけて、なんとお礼を申し上げればいいのか」

 感無量みたいなオーナーが、診察台に頭がつきそうなほど深く頭を下げた。

「助けてくださって、本当にありがとうございます」

「これで安定するはずです。できるだけ早く紹介状を持って、病院に連れて行ってあげてください」

「はい」

「落ち着いたからって、何日か様子を見て連れて行こうはダメですよ、いいですね。すぐに連れて行ってあげてください」

 優しい口調だけれど、目は本気で忠告している。
「はい、すぐに。今日中に」

「そうしてあげてください。ウサギさんのための病院ですので、いろいろと相談にも乗ってくれたり、検査も詳しく調べてくれます」

「ありがとうございます」

「あとは、なにか心配事はありませんか」
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