恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「大丈夫です。この子のパートナーに猫か犬を迎え入れたら、ぜひ先生にお願いします」

「迎え入れるのでしたら、それ相当の覚悟で最後まで責任を持って、愛情を注いであげてくださいね」
 また優しいけれど、口調はキリッと言い切った。

 海知先生と話したことがあったけれど、人間の感情は一定しない。 

 動物を飼う理由が、寂しさを満たすためや癒されるという一方的な感情じゃあ、なにかの拍子に動物を簡単に手離しかねない。

 動物といっしょに生活していくって姿勢。動物はパートナーって言う意識を、オーナーに持たせるのが必要。

 言葉の綾だろうけれど、一時的な軽い気持ちで迎え入れられたら、動物がたまったもんじゃない。

「もちろんです」
「頼もしい言葉をありがとうございます」

 無事にウサギの診察が終わって、診察室を出て行った院長の顔。秋の夜風みたいに涼しい顔して。

 片付けて待機室にいたら、院長が来た。
「お疲れ様です」
「お疲れ様」

「ウサギまで診られるなんて凄いですね」
「凄くない。俺に指示を出した獣医師の力だ」
 謙遜して。

 うちはエキゾチックアニマルは診ないって、ピシャリと断らないところが、本当に動物が好きで見放せないんだね。

 ウサギのために、あんなに必死になってくれて。

「どうしてエキゾチックアニマルの診療はしないんですか」 

「犬猫に集中してあげたい。エキゾチックアニマルまでは手が回らない」

 手が回らないって言うけれど、実際は放っておけなくて診てあげるんだから。

 たしかに犬猫でさえ、数えきれないほどの病気があるし、治すための医療技術は日進月歩で進化している。

 最新医療を勉強していかないと取り残される。

「エキゾチックアニマルも大好きだ。だからこそ犬猫も含めた、すべての患畜に対して中途半端になることは、獣医師として無責任に感じて嫌だ」

 今は、住宅事情や諸事情で犬猫が飼えない人たちが、エキゾチックアニマルを飼う傾向がある。

 エキゾチックアニマルも診察すれば動物病院は儲かる。でも院長は儲けようなんて気は、さらさらない。

 純粋に動物が好きな院長だから好感を持てる。

 今日も午前の外来診察が押して、昼休みの途中まで診察が途絶えなかった。 

 それは長年の経験で、いつものことだから慣れた。

 外来診察が終わってから昼食をとり、それからオペの準備を施す。

 今日のオペは白黒模様のパンダ猫、生後七ヶ月のマリンの避妊手術だった。オペは昼休み中に施す。

 保科の昼休みは、午後一時から夕方の四時まで。

 オーナーの方々からは、昼休みが長いとたまに言われる。
 でも、その時間で検査やオペをしている。

 オペでは、麻酔を数種類組み合わせて、時間間隔を空けて、何度かに分けてゆっくりと施す場合もあるから、このくらいの時間をもらわないと安全にできない。

 猫の発情期は、一年間に二回あるといわれていて、だいたい二月から四月の春と六月から九月まで。

 だから、今の時期は猫の去勢や避妊のオペがけっこう入る。

 望まれることなく産まれてくる子たちの行く末を案じる院長は、一日にできる範囲で去勢避妊のオペを入れて、不幸な子たちを増やさない努力をしている。

「お疲れ様です」
「お疲れ様。迎えは何時だ?」
「夕方六時です」
「わかった」

 使い捨てのオペ用マスクを、引きちぎりながら顔面から外して、頷く院長が術衣を脱いだ。
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