恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「そういうことで、ふだんは自宅にいさせている。今朝は川瀬に会わせるために特別に連れて来た」

「わざわざありがとうございます」

「ノインとフェーダーはペットではない、供血犬は使役犬だ。スタッフの一員だから会わせた」

 入院室をあとにする院長の後ろを、ゆったりとノイン、その後ろをフェーダーが、しなりしなりとついて行った。

 院長がリーダーってことを、猫のフェーダーも認識している。

 ちゃんと院長の後ろに従い、決して追い越さない。

 見送って改めて見渡すと中央に診察台、その後ろにオペ室がある。

 時計回りにレントゲン室、感染隔離室、一般入院室、集中治療室兼術後の回復室がある。
 その他にレントゲン台や給餌場がある。

 どこの動物病院もやることは同じだと思うけれど、院長に聞いてから取りかかる。

 やっぱりね。朝の仕事の始まりは洗濯機を回すこと。それから給餌する。

 食後は食器洗いにケージ内とトイレ掃除。そのころには洗濯も終了する。

 小川の患畜の多さにくらべたら、肩すかしなほど患畜が少なくて、世話はあっという間だし、洗濯の量も全然違う。

 入院室の仕事が終わるころ、朝一の予約患畜が来院した。

 シーズーの九歳の女の子、名前はミウ。

 待合室から診察室に通した。

「おはようございます」

「おはようございます、動物看護師さんですか? もうひとりの方は?」

 しばらくは常連さんから、おなじような質問をされそう。

 初めましての挨拶を終えて、まずは体重計になっている診察台で体重測定後、体温測定をした。

「ミウちゃん、おとなしいね」

 小川で見てきたシーズーはどの子も、おとなしく温厚で攻撃性がなく、おっとりのんびり屋で手がかからなかった。

 ミウもそうかな。

「どちらから通っていらっしゃるんですか」

 話好きのオーナーのようで、顔が興味深げ。

「ここから歩いて、すぐのところです。以前はこの辺りに住んでましたが、六歳のときに引っ越したんです」

「そうですか、この辺も変わりましたでしょ」

「なんとなく覚えてますが、お店屋さんがなくなりましたよね」
 世間話をしながら、ミウの問診も続ける。

 耳ダニで通院していて、問診内容は前回と変わらず。

 待機室にいる院長に病状を説明すると、長い足で椅子を回転させ、背筋の伸びた腰から立ち上がり、胸を張って診察室に入る。

 椅子とダンスしているみたいに華麗な立ち方だったなあ。

 想像してしまい、思わず頬が緩む。それより早く行かなくちゃ。

 あとを追って診察室の前の薬棚で指示を待っていたら、しばらくして診察室のドアが開き、院長が顔を覗かせる。

「保定頼む」
 診察室に入ると、日に焼けた元気な男の子がいた。五歳くらいかな?

「ママ、保定ってなあに?」
 子どもは聞いていないようで、大人の会話をしっかりと聞いている。

 『保定頼む』って、ぼそっと囁くような院長の声が聞こえたんだ。

 オーナーも保定がわからないみたいで、訴えかけるように私を見ている。
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