恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「学校の帰りに公園で見つけたの。みいみいって」
 両手を目に当てて、泣き真似をして見せてくれる。可愛い、たまらない。

「そうなの、みいみいって鳴いてたのね」
 可愛いしぐさに、眉も目も八の字になって見つめちゃう。

「目と鼻がぐしゅぐしゅしていたのが気になって、放っておけなかったそうだ」
 院長が説明を加えてくれた。

「莉沙ちゃん、優しいね。連れて来てくれてありがとうね」
 こんなに小さな子どもでも、かわいそうで放っておけないって、子猫を想ってくれるんだ。

 莉沙ちゃんの健気な優しさに、胸がいっぱいになって抱き締めた。

「本当にありがとう」
 小さな手が私を抱き締めてくれた。

「莉沙ちゃん、にゃんこは先生が預かるね」
 莉沙ちゃんが顔を上げて、院長の顔を仰ぎ見る。

「少し、お風邪を引いたみたいなんだ。おいで」
 片手で莉沙ちゃんを、ひょいと抱き上げ、ケージに入れた子猫を見せてあげている。

「先生ありがとう、元気にしてね」

「先生に任せて。さっきも、ちくんとしたよね。シロップのお薬も飲ませたでしょう。だから安心して大丈夫だよ」

 院長の笑顔に、つられるように莉沙ちゃんの顔にも笑顔の花が咲いた。

 ちくんね、子猫の首のうしろにコブがあるから輸液を施したんだ。

 そっと院長から下ろされた莉沙ちゃんが、つぶらな瞳を輝かせ、上目遣いではにかんだ。

「また会いに来てもいい?」
「いいよ、いつでも会いに来てあげて」 
「先生に会える時間がいい」
 さすが女の子、おませさん。

 自然に院長と目と目が合って、たじたじ苦笑いの困った院長の顔を初めて見た。

「そしたら、今日ぐらいの時間に来て、待ってる」

 院長の言葉に肩をすくめて、嬉しそうに笑いながら頷くしぐさが可愛い。

「まるで恋人同士みたいな二人の会話ですね」
「最近の女の子は積極的で恐れ入る。さ、莉沙ちゃん、ご家族が心配するから帰ろう」

 莉沙ちゃんの家は、すぐご近所さんだって。

「莉沙ちゃんを送ってくる、すぐ帰って来るから」
「いってらっしゃいませ。莉沙ちゃん、これからもよろしくね」
 しゃがんで小さな両手を包み込んで、お話した。

「お姉ちゃん、また明日ね」
「明日、待ってるね。院長、子猫に給餌はどうしますか」

「あげてくれ、あと排泄をしていないからよろしく」
「はい」
 院長が莉沙ちゃんの手を引いて、入院室をあとにした。

 にゃんこは乳歯の生え方から、やっぱり生後四週間ほどと推定できる。

 どうして母猫や兄弟猫といっしょにいなかったのかな。風邪だから置いて行かれちゃったのかも。

 マリンの様子を確認してから、にゃんこのカルテに目を落とした。
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