恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 来院時は、目やにがひどかったんだ。鼻もくしゅくしゅ。お熱は平熱か。

 処置は目に点眼と軟膏で、鼻には点鼻。それと皮下注で輸液で、飲み薬はシロップ。
 お腹にも皮膚にも虫はいない。あとはウイルスか細菌か、今日中に詳しく検査ね。

「にゃんこ、ごはん食べようか。待っててね」
 お湯でふやかしたドライと猫用ミルクを準備して、ケージに戻って来た。にいにい、みいみいって、まだ鳴き声は元気に上げられるね。
「ちょうだい、ちょうだいって早く食べたいね」
 そんなに慌てて食べなくても大丈夫よ。ミルクも美味しいでしょ。よかった、食欲はあるみたい。

 きらきらした強い瞳を輝かせる、好奇心旺盛な子猫や子犬の有り余る生命力は、見ていて本当に気持ちがいい。あなたも本来の姿になろう、早く元気になろうね。

 食器を下げて洗ってから、お湯で湿らせたガーゼで刺激を与えて排泄をさせた。色は正常。

 お腹が下っていなくてよかった。でも少ししか出ない。

 移動中にお母さん猫を見失って離ればなれになったのなら、直前までお乳をもらっていた可能性が高い。

 それだったら、もう少し出てもいい。この子は育たないと、お母さん猫が判断して見捨てられた子猫かもしれない。

 その可能性が高い排泄量。備考としてカルテに記入する。

 お顔はどうかな、お鼻を拭こうね。いい子さんね。

 お熱がないから、熱めのタオルを固く絞って全身を拭こうね。本当はお母さんが優しく舐めてくれるのにね。

 私と院長がお母さん代わりで、しっかりと面倒を見るから安心してね。

 子猫は人間の赤ちゃんと同じ。食べたら、あとは二十時間くらい寝ている。

 もうすぐ、あっちこっち飛び回るようになって家中で運動会が始まる。

 今日は疲れたでしょう、ゆっくり休んでね。

 マリンは、どうかな。また、すべての測定をしてチアノーゼ出現の有無を調べて異常なし。

 診察台をデスク代わりに、子猫のカルテに給餌や排泄などを記入していたら、院長が帰って来た。すぐそこって、本当にご近所さんなんだ。

 私の隣で中腰になり、カルテに目を落としてから壁の時計を見ている。

「見捨てられた可能性が高いな」

 そんなのは別に気にしていない、なんてことない様子。院長にとっては取り立てて問題にする点がない。

 だってそうでしょ、自分が母親代わりになればいいだけの話だし育て上げる自信があるから。

 院長のネガティブを軽く視る前向きさ、尊敬する。

「子猫の血検をしてしまおう。静脈確保を頼む」
「はい」

 気持ちよさそうに眠っている子猫を起こすのは、心苦しいけれど検査は大切だからね。

 そっと抱き上げて診察台に連れて来た。
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