恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 バリカンで少しだけ毛を刈った。子猫はバリカンの音にも起きない。
 まだ半分、夢の中みたい。

「よく寝る子」
「川瀬といっしょだ」
「院長の自宅は寝心地が最高ですから。居心地も、とってもいいです」

 聞いているんだか聞いていないんだか、子猫の浮き出た血管に触れ、アル綿で消毒している。

 子猫はアル綿のつんとする匂いにも、ぱっちりと目が覚めないの。

 翼状針が刺さっているのに、よほど眠いんだ。

「にゃんこ、あなた強者ね。将来、大物になるわ」

 私の驚いた声に院長も微笑んでいる。

 採血をした院長がスピッツを持って、すぐに検査室へ下りて行った。

 にゃんこ、眠いね。知らないあいだに、ちくん終わったんだよ。

 抱き上げる茶トラの毛が、まだ柔らかい産毛で気持ちいい肌触り。
 ケージに戻すと、またそのまま夢の続きに戻ったみたいに眠っている。

 昨夜は雷と雨の中、お母さんも兄弟もいなくなって怖くて寒くて、心細かったでしょう。
 でも、もう大丈夫よ、安心していいよ。

 昨夜は眠れなかったよね。今は安心して、疲れきった体も心も休めて、ぐっすりと眠ってね。

 マリンの確認をして異常なしだから、検査室へ下りた。

「白血球は、どうですか」
「高い」
「好中球の上昇ですね」

「そういうことだ。細菌による感染症の可能性が高い」

 子猫の体内では、好中球が細菌と必死に戦うために増殖している。

「細菌なら抗生物質で破滅できますね」

「病原菌と戦っている体に負担をかけたくはない。本来、体が持っている自然治癒力を高めてやることが必要だ」

 検査の手を緩めずに、視線も向けてこない。

「耐性菌を出したくないから、抗生物質の安易な使用は避けたい。今の段階で使用して、のちのち重症化したら抗生物質が効かなくなる。あの子の場合、使用するのに慎重さが必要だ」

 生命力に賭けているんだ。

「ふやかしたドライと猫用ミルクを完食しました。排泄物は量こそ少ないですが正常です。ぐっすりと眠ってるので、睡眠も十分とれてます」

「それなら、体力も免疫力もあるだろう。自然治癒力を高めてあげよう」
「はい」
 
 子猫は、しばらく保科で預かって莉沙ちゃんの様子を見ながら、里親探しをする。

 フェーダーは保科の前に捨てられていたし、茶トラちゃんは公園に。

 この地域は本当に出産時期は捨て猫が多いんだね。
 茶トラちゃんもフェーダーみたいに幸せに暮らしてほしいな。

 里親探しとなったら、あの茶トラちゃんは美形で可愛いルックスだから、速攻で新しいオーナーが見つかるはず。

 いっしょに血検をしながら、莉沙ちゃんの話にもなった。

 小学一年生で、ご家族がお祖父さんとお祖母さんとご両親、それに中学二年生のお兄ちゃんと莉沙ちゃんの六人家族。

 ご家族揃って動物好きだけれど、二年前に愛犬を亡くしてからは、動物を迎え入れていないそう。

「莉沙ちゃんを家に送ったら、どなたもいらっしゃらなかった」
「お留守ですか」

「ああ。莉沙ちゃんの話では、ご両親は仕事でお祖父様とお祖母様は、買い物がてらに散歩に行っていると」

「ひとりで留守番ですか。大丈夫なんですか」
「お祖父様とお祖母様は、すぐに帰って来るから大丈夫って慣れた感じだった」

「すぐ、ご帰宅なんでしょうね。だから、莉沙ちゃんも平気なんでしょうね」
「ああ」
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