恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
第五章 大雨の夜のぬくもり
 患畜の世話が済み、院長に声をかけてノインと大恩の散歩に出た。

「ねえ、見て見て、きれいな夕焼け」

 東の空には、まだ厚く盛り上がった入道雲があり、西日の光を受けて輝いている。

 夕焼けがはるか遠くまで広がり、淡い紅色に染める。ノインの毛色もきらきら光ってきれい。

 ノインのうしろに、ついて歩く大恩がノインに、すんなり溶け込んだのが素晴らしくて感心する。

 こういう場合は犬力っていうのかな。二頭のコミュニケーション能力が高いんだと思う。

 オーナーのことがあって、大恩の食欲が落ちちゃったときは、どうなるかと思った。

 今は大恩なりに受け入れたのかな、出逢ったころの大恩になって安心した。
 動物にだって、心のケアが必要。寄り添っていこう。

 ノインが自分のことは自分での精神で、散歩バッグを口に咥えて歩く姿に、通りすがりの方々から可愛いの声が飛び交う。

 嬉しくても笑ったら、散歩バッグが落ちちゃうからってノインの真顔なのも可愛い。

 ノインの姿を見て、そのうち大恩も“僕も僕も”って、やりたがって、すぐに咥えられるようになりそう。

 人間の子どもみたいに、おちびさんは上の子の真似をしたがるから。

 あれ、顔に水が当たった。雨かな。

 ぽつりぽつり、少しずつ途切れがちに雨が降ってきた。

 雨の降り始め特有の香りが鼻腔をくすぐり、二頭も鼻をひくつかせて雨の香りを感じている。

 ノイン、大恩、自然を感じるっていいよね。

 雨粒が街路樹の土に当たり、微かに土ぼこりが舞い上がる。

 いつもの散歩コースは折り返し地点に差しかかり、そのあいだに排泄も済ませたから、あとは帰るだけ。

 にわか雨かな、このくらいの雨なら、すぐに止みそう。
 なんて、のんびり構えていた。

 さっきまで夕焼けで、きらきらきれいだった入道雲が、大粒の涙を流すようにグレーのアスファルトを、水のしぶきで瞬く間に黒く染めていった。

 まさか短時間で、こんこん尽きなく降るとは思わなかった。

「ノイン、大恩、走るよ」

 走りつつも二頭に細心の注意を払う私に、健気に散歩バッグをしっかりと咥えて、ノインが横にくっついて走る。

 ノインは水遊びが大好きで水に濡れることは平気だけれど、大恩とは雨の散歩は初めて。

 大恩も水に慣れているのかな。

「大恩、大丈夫? 雨は苦手じゃない?」

 走りながら大恩を見ると、雨粒が顔に当たりながらも、つぶらな瞳で私を仰ぎ見てきた。

 パニックにならないから大丈夫そう。
「ごめんね」
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