恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 雨に濡れながらも、“私たちは大丈夫だよ”って、言っているようなノインと大恩の忠犬ぶりに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 
 あれよあれよという間に雨音がよく聞こえ始めて、たちまち水たまりができた。

 そんなこと気にしていられない。

 ばしゃばしゃと水たまりを蹴り上げ、水しぶきを飛ばしながら走り続ける。

 風が、大波みたいに枝を揺らして寄せては返し、枝同士が擦り合って激しく音を立てる。

 頭上には枝から落ちてくる雨粒が、こんこんと降りかかってくる。

「ノイン! 大恩!」

 水しぶきで辺り一面が白っぽくなり、視界が悪くなる中、張り上げる大きな声がした。

 今の声は院長の声に似てた。大雨の中、うっすらしか姿が見えない。

 声の主へ駆け寄ろうと、喜ぶ二頭をなだめた。この喜び方は院長が来たんだ。

「大丈夫か」
 ばしゃばしゃ水しぶきを上げながら、院長が突き進んで来た。

「大恩を」
 言うや否や抜く手も見せず、私の右手から大恩のリードを素早く手に持つ。

「病院まで、あとわずかな距離だから大丈夫、慌てるな。俺のあとをついて来い」
「はい」

 雨音にかき消されないように、お腹の底から声を張り上げて返事をした。

 私の隣を走るノインも、院長と前を走る大恩もびしょ濡れで、ひとまわり小さくなっちゃった。

 院長はノインと大恩のことが心配で、たまらなかったんだね。

 信号待ちで引っかかると、二頭が勢いよく全身を揺らせて雨を飛ばす。

「大丈夫か」
「はい」

 目に入る雨粒や、髪の毛から滴り落ちる水のしずくを拭うこともしないで、気にかけてくれる。

 激しく降る雨を十分に吸い上げたから、スクラブやシューズが重くて、走っても走っても一向に足が前に進まない気がした。

 だからか時間感覚が長く感じられたけれど、実際に保科に到着したのは早かったみたい。

 二人とも頭の先から爪先までびしょ濡れで、院内に入る前に通用口の前でスクラブを絞ると、ぽたぽた滴り落ちるどころか、勢いよく溢れ落ちる。

「風邪を引いたら大変だ、中に入ろう」
 てきぱきと動く院長がタオルを渡してくれた。

「これで拭け」

 全身をタオルで素早く拭くと、院長の指示で入院室に上がり、なにはさておき私たちは二頭を乾かした。

 ノイン、大恩。ざあざあ、ざんざん激しい雨に打たせてしまってごめんなさい。

「お疲れ様」
「お疲れ様です、すみませんでした」
 なにがって顔。
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