恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「保定はね、ミウちゃんが気持ちいいなって思えるように、ミウちゃんを抱っこして安心させてあげるの」

 真剣な顔をしていた男の子の表情は、安心したように笑顔に変わった。
 
「ね、大丈夫よ。今から院長がミウちゃんのお耳を掃除してくれるの」

「院長ってだあれ?」
「僕だよ、よろしくね。先生って呼んで」
「先生、これなあに?」
 大きな声で返事をする元気な子で気持ちいい。

 なにをするのかと、初めて見る耳洗浄器が気になるみたい。

「先生がミウちゃんのお耳を、お掃除してきれいにしてあげるんだよ」

 好奇心があちこち飛ぶのに、院長は根気よく付き合ってあげている。

 ノインとフェーダーを見つめるときみたいな優しい瞳。

 あんなに目尻を下げて、頷いたり話したりして。

「ミウは気持ちいいの?」
 つぶらな瞳が、覗き見るようにして院長に話しかける。

「お母さんに、お耳をお掃除してもらうとどう?」
「気持ちいい」

「気持ちいいよね、ミウちゃんも気持ちよくなるように、先生がお掃除するから安心して大丈夫だよ」

 男の子の安心した笑顔。にっこり笑って可愛いな。

「ほら、ミウちゃんを見て。看護師さんが抱っこしてくれてるから、大人しくしててくれるんだ。先生もお掃除しやすい」

 男の子を見つめる院長の下がった目尻は、優しさを隠せないな。

「ミウちゃんも院長も安全でいられるように、ミウちゃんを看護師さんの体にくっつけるのよ」

「わかった、ありがとう」

 目をきらきら輝かせて、一生懸命に話を聞いているから可愛くて頬が緩む。

「ミウちゃん、いい子ね、すぐ終わるからね」
「ミウ、よかったね。気持ちいいんでしょ」

 ミウの顔をにこにこしながら覗き込み、話しかけている男の子から視線を移すと、耳掃除をしている院長と、その様子を見つめるオーナーが温かい微笑みを浮かべている。

 そのあとは診察室を出るまで、生きいきした好奇心に瞳を輝かせ、「あれなあに?」攻撃が続く。

 犬猫の身体模型や心臓の模型とか、頬を緩ませながら院長が説明している。

 そのたびに「動物好き?」とか、「先生みたいな獣医さんになる?」とか、「ボクが獣医さんになったら、先生といっしょに動物を助けてくれる?」とか話しかけているから、ほのぼのする。

 診察室を出るときは、男の子が人懐こい笑顔で振り返って、ずっとバイバイしているから、院長と二人で手を振って見送った。

「お疲れ様です。人見知りしない子ですね。質問攻めが可愛かったです」

「ずっと動物のことを、好きでいてくれたらいいな」

「院長の小さなころも、ああいう感じでしたか」
「どうかな」
 口調は淡々としている。

 でも外した視線は含み笑いを浮かべて、カルテに目を落としている。

「これミウの薬」
 渡されたカルテを元に薬を調剤して、診察室を片付けた。
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