恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 カレーライスのスパイスが鼻腔をきゅんと刺激した。

 急いだつもりだけれど、やっぱり男性のほうがシャワー早い。あっという間に一品作っちゃって。

「ノインと大恩は?」
「餌を食べたら、眠くなったようでハウスだ」
 六階で休んでいるって。疲れさせてしまったよね。

「大恩は大丈夫ですか」
「おかげさまでノインが面倒を見てくれている」
 さすがお姉さん。

「フェーダーとは大丈夫なんですか」
「お互い遊び相手には、もってこいのパートナーだ。仲良くしている」

 特にフェーダーは、ノインと育って自分を犬だと思っているから、大恩を受け入れるのも簡単だったのかも。

 家族がいるっていいね。私は、たまに寂しくなる。なんとなく視線を感じたから、顔を上げた。

 視線が合ったら、すっと左下にそらされた。

 なんか、気に障ることを言ったかな。テーブルをセットして食事を運んだ。

「大恩と散歩して初めての雨を経験しましたが、雨や雷は大丈夫なんですね」
「あの大雨で落ち着いていられるんだから、たいしたもんだ」

「雷も」
「きっと、オーナーが雷を気にも止めなかったんじゃないのか。だから大恩も、雷は怖くないものと認識しているんだろう」

 ごはんをよそると院長が自然に食器を受け取り、ルーをかける。

 仕事以外でも触れ合う手に、院長は私みたいにどきどきなんかしていないんでしょう?

「院長も怖がらないから、ノインも怖がらないんですね。私も怖がらないようにしないと」

「ノインと大恩に守ってもらえばいい。フェーダーも頼もしくて心強い」

 院長は、なにも言わないけれど、激しい大雨の中から、私を守ってくれたのは院長だと思うよ。
 動物の話をしていると時間が過ぎるのが早い。

「幸せな顔で食べるんだな」
 スプーンの手を止めて微笑んでいる。

「好きです。だから」
 にっこり笑顔を向けると、また院長が視線を左下にそらしちゃった。

「カ、カレーライスが」
 変な言い訳をしてしまったような気まずい雰囲気。よけいに怪しい言い訳。

 院長は下を向いてしまい、黙々と食べている。

「暑いですか」
「なぜ」
「耳まで赤いから」
「気にするな」

 職業病、二人とも早く食べる習慣が身についている。

 患畜の容体急変に救急と、いつなにが起こってもすぐに動けるように、とにかく食事が早い。あっという間の完食。

「勤務中じゃないんだから、ゆっくりと食べればいいだろう」
「院長だって」
 どちらからともなく目が合い、頬が緩んだ。

「ごちそうさまでした」
 習慣とは恐ろしいもので、食べ終わったら素早く席を立ち上がる。
 
 ごちそうさまの挨拶と立ち上がるタイミング。

 まるで鏡のように同時だったから、お互いの顔を見合せ、またどちらからともなく微笑み合った。

「私たちの病は職業病ですね」
「発想がユニークだ」
 合せ鏡みたいな動作のあとの、笑い声までも同時だった。
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