恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「莉沙ちゃんの笑顔、お姉ちゃん大好きなの」
 莉沙ちゃんの笑顔から院長に視線を移し、あとは院長にお任せした。

「ありがとう」
 とんでもない。恐縮して首を横に振る。

「莉沙ちゃん、今の時間はお祖父さんとお祖母さんとお兄ちゃんは、お家にいるかな」
「うん」

「ハッピーと、ずっといっしょにいたいよね」
「泣きたくなるくらいハッピーが好き、いっしょにいたい」
 すがるような莉沙ちゃんの瞳が、院長を見つめて頷く。

「ちゃんと最後までハッピーのお世話をするって、先生とお約束できる?」
「はい」

 院長は子どもとしてではなく、ひとりの人間として、小さな命を預けても大丈夫かと、莉沙ちゃんの左右の瞳を交互に見つめて確認している。

「わかった」
 院長の言葉に安心した様子で、莉沙ちゃんが私の顔を見てからハッピーと遊び始めた。

「送ったときに、ご家族に提案をしてみる。ハッピーを家族の一員に迎えられるか。誰もが世話をできるのか」

「ご家族全員が猫好きか」
「それが一番だ」

「ハッピーは、莉沙ちゃんのもとに引きとられるのが幸せですよね」

「ああ。送ってくる、すぐに帰って来るから」
「いってらっしゃいませ、気をつけて」
「莉沙ちゃん帰るよ。ハッピーをお姉さんに預けて」
「はい」
「お、今日もいい返事でお利口さんだな」

 小さな両手がハッピーを大切そうに包み込み、落とさぬよう真剣な顔で慎重に私に手渡してきた。

「お姉ちゃん、またね」
「うん、待ってるね」
「行って来る」
「お気をつけて」
 ハッピーに幸せが訪れますように。大きな背中と小さな背中に願いを込めて見送った。

 その日から数日間、昼休みや夕方の時間を利用して、莉沙ちゃんのご家族がハッピーに面会に来て、院長と二人で相性を観察した。

「もう十分なほど話し合ったし、意思確認もできた。ハッピーを莉沙ちゃんのご家族に引きとっていただこう」

「賛成です、安心して任せられます」

「うちは、いつでも引き渡しができる状態だから、あとは莉沙ちゃんのご家族次第だ」

 微笑む安堵の表情。その笑顔を見た私も小さな息を吐いた。

「安心します。院長は、どんな状況でも頼りになりますから」
 すっと視線を下に外されちゃった。
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