総長さんが甘やかしてくる①(※イラストあり)







「……どこへ行きやがったんだよ、夕烏」


広々としたリビングで

一人の男がテレビに向かい、つぶやいた。


人の気配を感じ、男がテレビを消す。


「兄さん」


やってきたのは、気の弱そうな少年だった。


「どうした」

「本当に、行かないの?」


正装を身にまとう弟は心配そうに兄をみつめる。

玄関では、母親が待っているのだろう。


弟は、チラチラと後方に目を配らせた。


「ああ。俺は、ここに残る」

「……わかった」


なにか言いたげな弟が、リビングから姿を消す。


男は立ち上がり自室に戻ると――。


「……っ、クソ……!」


掴んだ花瓶を壁に投げつけた。


バリンと音を立て、

それに気づいた家政婦がかけつける。


「宗吾(そうご)おぼっちゃま。どうされましたか」

「すみません。……うっかり落としてしまいました」


“うっかり”などではないと。

状態を見れば判断がついた。


だが、家政婦は

それ以上なにも問い詰めはしなかった。


「お怪我は?」

「大丈夫です」

「今、片付けますね」

「……お前は俺が必ず連れ戻す」

「え?」


家政婦は、

目の前の品行方正なご子息が


このときばかりは、悪魔のように見えたのだった。


< 249 / 258 >

この作品をシェア

pagetop