イジワル執事と王太子は伯爵令嬢を惑わせる
「王太子殿下は、今のところ政務にもかかわっていないし病弱でいつまで体がもつのかわからないともっぱらの噂だ。私も、彼に実際にお会いしたことはない。なにもそんなところへ嫁ぐなど、わざわざ未亡人になりに行くようなものだ」

 モントクローゼス伯爵は、優しい目でアディを見つめ返す。

「私はね、お前には幸せになって欲しいんだよ。できればお前が嫁ぐ相手は、お前自身が惚れた相手であってほしいとずっと願っていた。だから、たとえ相手が王太子だとしても、お前が嫌なら断っていいんだ」

「お父様……」

 アディの父親は、そういう人だった。

 内妻を何人もつかで男の価値を決めるようなこの国で、父はたった一人母を娶った後は、母だけを愛し、その母が産んだアディと弟を愛した。社交界で言えば、彼はろくに内妻も持てない伯爵とさげすまされていることだろう。けれどアディは、そんな父が好きだった。
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