ホットホットドリンク
「じゃあ分かんないとこあったら訊いて。てか辞書持ってる?」

「持ってない」

「教室の後ろにあるから持ってきて、単語調べながらやんな」

「はーい」

素直な返事をして三上はパタパタと移動する。

「あ、あったー。……えいっ。……うにゃあっ」

バサバサドンガタッガラガラガッシャーン。

「三上ぃ!?」

変な叫び声とけたたましい落下音に七瀬の肩は跳ねた。

慌てて振り向くと、──どうしてこうなった。

辞書やら本やらが床に散乱し、周りの机や椅子は派手に倒れ、もちろん机の中身も散らばってしっちゃかめっちゃか、そして三上はその中央でひっくり返っていた。

「みっ……三上さん、お怪我は……?」

動揺で敬語になる七瀬だった。

「苦しゅうない。ところで、どうやら起き上がれないらしい。へるぷみー」

「ヘルプミーくらい片仮名で言えって。いや英語? ……ってそうじゃない」

大股で近寄って七瀬は三上の腕を引っ張り起こす。

「さんきゅー」

「よーうぇるかむ。ってお前の口調が移ったじゃねえかよ」

いやそれより、と七瀬は辺りを見渡す。

近くで見るとますますひどい。

「おい三上、なんで辞書持ってくるだけでこんな惨状になるんだ」

「凛、ただいま参上っ」

「な、なんと、お前が空から参上したから!? さてはこの学校に巣食う悪と戦う、正義のヒーローだったのか!?」

バカな秀才だった。

「ってアホ。その参上じゃねえよ。しかも誤魔化すな」

「ねー七瀬。さっきまでそこそこ残ってる人がいたはずなのに、どうしたことやら、今や私たち二人だけみたいだよ」

「なに」

教室全体に目を走らせると、三上の言う通り、ガランとして人っ子一人いなかった。

「……逃げたのか……」

片づけを手伝いたくなくて。

つまりこの惨状を二人でどうにかせねばならない。

「……はあぁー……」

深く長い七瀬のため息が、教室にこだましそうだった。
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