ホットホットドリンク
「ぐうあ、疲れた」

「七瀬ー、ありがとー。お礼になんかおごるよー。休憩がてら自販機のとこ行こ」

「なんかって言いながらおごるのは飲み物なのな」

「七瀬ー、ありがとー。お礼になんか(飲み物)おごるよー。休憩がてら自販機のとこ行こ」

「言い直さんでいいわ」

ぐーっと背伸びをしてから、二人連れ立って教室を出る。

一年生の教室は四階で、自販機は一階にある。

放課後の喧騒が遠く聞こえる階段を並んで下りた。

「ねー七瀬」

「んー」

「私ホットミルクが好きなんだよね」

「ふうん?」

「はちみつ入ってるやつがね」

「飲んだことないな」

「飲んでみ」

三上と一緒にいて、他愛ない話をすることは山ほどある。

いや、他愛なくない話をしたことなどないかもしれない。

「飲むとさ、いつも温かくなるの。ホットミルクだからって意味じゃないよ? 心を温められてるような気分になる。ほんのり甘くて、主張が激しくなくて、落ちつけって言われてるような感じなのね」

「ほん」

一階に着いた。

どこからかトランペットが聞こえる。

高音を外し気味だなーなんてぼんやり思った。

「私にとっての七瀬もそんな感じ」

なんでもないことのように三上は続けた。

「へっ?」

「七瀬と話したり優しくされたりするとねー。心を温められてるような気になる」

廊下を渡り切って、外に通じる扉の前に来た。

「七瀬ー、感謝してるよ。いつもありがとー」

いつも通り、間延びした口調で、いつも通り、素直に三上は言う。

「三上……」

「ん?」

三上が扉を開けた。

外から風が吹き込む。

黒髪をさらわれながら三上が振り向いた。

薄く笑っている三上に、なんだか少し────。

「……撤回するわ」

「なにを?」

なにかと張り合うように、七瀬も唇で笑ってみる。

「色気ないって言ったこと」

小さな呟きは風にさらわれたらしい。三上は首を傾げている。

「なにおごってもらおっかなー」

三上を追い越して、七瀬は軽やかに歩き出した。
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