溺愛誓約〜意地悪なカレの愛し方〜【コミカライズ配信中】
「ほら」

「へ?」

「そのメモに書いてある資料。俺が持っていたんだ」


差し出されたファイルはたしかに必要だったもので、探しても見つからなかった理由に納得しつつ受け取れば、穂積課長は「他には?」と訊いた。
念のためにメモに視線を落としてからこの資料が最後だったことを伝えれば、課長は小さく頷いた。


いつの間にか穂積課長の手は私から離れていて、感じていたはずの体温も消えていた。

一瞬、キスされるのかもしれない、なんてことが頭の片隅を過った私はきっとどうかしている。

数十秒前の自分に恥ずかしさが込み上げつつも、そもそもの原因は課長だということ思い出して。
涼しい横顔で棚からファイルを取る姿に、なんだかムッとした。


「まぎらわしいことしないでよ」


心の中でそっと呟いたつもりだった言葉は、どうやらしっかりと声になっていたらしい。
直後に端正な顔と目が合って、自分自身の語気の強さと失態に気づいた。

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