極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
私の頭の中は篠原の次回作のことでいっぱいで、そのストーリーを想像しては心を躍らせていた。


どんなに色々な想像をしたって、彼の感性を持ってすれば、それを遥かに超えるような素敵な作品が生み出されることを知っている。
だからこそ、今日はありえないことが自分の身に起こったはずなのに、それを忘れかけてしまうほどワクワクせずにはいられなかった。


この時の私は、まだなにも知らなかった。


『ヒロインのモデルにしたい女がいるから』


篠原が口にしたそのモデルが、ずっと“脇役”にしかなれなかった私自身だということも。
この新作が今までの彼の作品にはなかった、“ほぼノンフィクション”だということも……。


そんなことがあるなんて夢にも思わなくて、シワだらけの編集長の目尻が嬉しそうに下がるところを見て、どこか誇らしさすら感じて胸を張っていた。


すべてを知った私が卒倒しそうになるのは、まだもう少しだけ先の話。


そして、この作品が世に送り出されるのは、次の冬が訪れる頃のこと。


今はまだなにも知らない私は、心と体に微かに残るほろ苦いチョコと篠原との情事の余韻に、時間をかけてゆっくりと侵食されていくのだった──。

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