極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
「遅い」


コーヒーを淹れて書斎に戻った私に飛んできたのは、不機嫌な感情がたっぷりと込められた言葉。


「すみません」

「たかがコーヒーの一杯を淹れるのに、何分掛かってるんだよ」

「すみません」

「『すみません、すみません』って、そればっかりだな。お前はなんでも謝れば済むと思ってるのか?」

「いえ」


揚げ足を取るようなやり取りにもいい加減に慣れたとは言え、つい大きなため息が漏れてしまう。


私が憧れを抱いていた作家は、人の心を打つような作品をたくさん生み出している人物とは思えないほど、性格は暴君そのものなのだ。


「辛気臭い顔で、ため息なんかつくな」

「そうおっしゃるなら、さっさと原稿を書き上げてください。先生から原稿をいただいて帰らないと、編集長に叱られるのは私なんですから」


デスクにコーヒーカップを置きながら篠原に告げると、彼は切れ長の瞳で私をグッと睨み、形の綺麗な眉を寄せた。


「うるさい。今やってるんだから、ゴチャゴチャ言うな。お前はあっちで夕飯でも作ってろ」

「……わかりました。では、先生はそのまま執筆に専念していてくださいね。今日は先生から原稿を受け取るまで、会社には戻れませんので」


私はそう言い残してから書斎を出て、再びリビングに行った。

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