極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
ジャケットを脱いで椅子に掛け、リビングと対面式になっているキッチンに食材を並べた。ここに来る前に電話を入れたら、例によって高圧的な口調で『肉じゃがが食いたい』と要望があったから、慌てて近くのスーパーに駆け込んで揃えた物たちだ。


大手の出版社に就職できたとは言っても、まだ二年目の私は“ひよっこ”でしかない。だから、“担当者”なんてただの肩書きに過ぎず、仕事の内容はこんな雑用ばかり。


ただ、他の作家の担当者たちは私のような扱いを受けているわけじゃないみたいだから、正式には『篠原櫂の担当者がそうである』というだけなんだろうけれど……。


私が編集長から篠原の担当者に任命されたのは、初めて彼に会った直後のことだった。


入社して一ヶ月そこそこの新人にそんな大役が与えられるなんて、今考えたらあまりにもおかしな話だけれど……。純粋な篠原のファンだった私は、その役割に飛び上がるような勢いで喜んだ。


その時、『なにがあっても篠原櫂の機嫌を損ねるな』と付け足されたものの、憧れの作家のためなら苦労も厭わないつもりで頷いた。


だけど……。
担当者として接した篠原はとにかく暴君で扱いづらく、締切を守らない彼のせいで編集長には毎回怒られる始末。


とにかく、いいことなんてひとつもない。

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