極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
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一睡もできないまま迎えた翌日、一度出社したあとで篠原の家に向かった。
今まで、こんなにも足取りが重いと感じたことはない。
幾度となく漏れるため息にまた気が重くなり、なんとか理由をつけて逃げ出せないかと考えてみたけれど……。そのあとの仕打ちが恐くて、やっぱりそれはできなかった。
それでも最後の悪足掻きで、オートロックのマンションのエントランスでしばらくの間佇んでみる。無意味なことだとわかってはいたけれど、少しでも時間を稼ぎたかったのだ。
ただ、それも結局はますます気が重くなる要因だと気づいて、ため息をついたあとで彼の部屋の番号を押した。
『遅い』
スピーカーから聞こえてきたのは、不機嫌な声。
開口一番がそんな言葉なのは慣れているけれど、挨拶くらいはまともにできないのだろうか。
「すみません、ちょっとやらなきゃいけない仕事があったので……」
言い終わるよりも早くプツリと音が鳴り、同時に目の前のドアが開いた。
消化できない戸惑いと、拭えない虚しさ。
抱いている色々な感情の中で一際目立つそれらに気が滅入りそうになりながらも、覚悟を決めてエレベーターに乗り込む。
篠原の部屋の前に着いてインターホンを押すと、予想通り不機嫌な表情をした彼に出迎えられた。