極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
取り柄はもちろん、秀でた才能も容姿も持ち合わせていない。
そんな私のなにが篠原の目に留まったのか、未だにちっともわからない。


憂鬱過ぎてこのまま帰宅したくなったけれど、そんなことをすれば彼の機嫌を損ねるに違いない。


そういえば、ここに来る時に「極力傍にいろ」と言われていたことをすっかり忘れていた。
セリナさんと過ごしている篠原も忘れているかもしれないし、そもそも暴君の気まぐれに付き合うこともないのだろう。


『パーティーのあと、お前も泊まれよ』


だけど、その約束を思い出して、頭をブンブンと振って脳裏に焼きついていた笑顔の彼女をなんとか追い出し、パウダールームから出た。


「雛子?」


パーティー会場に戻る途中、不意に後ろから声をかけられた。
無意識のうちに篠原を思い浮かべていたせいで、振り返った直後に目を小さく見開いてしまう。


和也(かずや)……」


このホテルの制服に身を包んだ男性の名前を口にすると、彼が気まずそうにしながらも笑った。


「やっぱり雛子だったのか」


ゆっくりと歩み寄ってきた和也は、かつてよく見せていた笑みを浮かべているけれど──。

「パーティー会場に入って行く姿を見かけた時から、もしかしたらって思ったんだ」

私は、普通に話しかけてくる元恋人を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。

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