絵本男と年上の私。
11話「笑顔」
11話「笑顔」
「5月26日、しっかり覚えましたからね。」
初デートの日。
白はそう言った。自分のお祝いがされたかのように、嬉しそうな笑顔で言ったのだ。
その白の言葉と笑顔を、しずくは忘れられずにいた。
そして今日は合コンの当日。
いつもと同じ平日の朝。だが、普段よりも少しだけおしゃれをした。そして、何回もスマホを確認していた。
何でおしゃれをしたのか、何故スマホを確認してしまうのか。しずく自身もその理由に気づかないフリをして、家を後にした。
出勤時間よりも大分早く着いてしまいそうになり、しずくはあの公園へ自然と足を向けていた。
子ども達は幼稚園や保育園、小学校へ。大人たちは忙しい朝の時間。公園には、もちろん誰もいなかった。
それだけで、気持ちが沈んでしまう事にしずくは気づいていた。
ベンチに座り、呆然と空を眺めた。
新緑が輝き、自然の力を感じられる季節。少し強い日差しを緑の葉が、優しく守ってくれる。ゆっくりと風にのって動く雲をと輝く陽を見つめて、ため息をついた。
何のためのため息なのか。期待して待って、訪れない人に絶望をして、寂しくなっている自分が、しずくはたまらなく嫌だった。
自分が勝手に待っているだけなのに。
「しずく先生!」
突然、自分の呼ぶ声が聞こえた。
しずくは、はっとしてすぐにそちらに顔を向けた。自分でもわかるぐらい、情けないぐらい気持ちを隠せていない表情だっただろう。だが、そんな事を気にしている余裕はしずくにはなかったのだ。
しずくが見つめる先には、手を振ってこちらに向かって歩いてくる人がいた。
「あ・・・。」
相手には聞こえないぐらいの小さな声が出た。
息をのみ、切なさを隠せなかった声だった。
「しずく先生、おはようございます。」
「先生、どうしたんですか?こんなところで。」
そう声を掛けたのは、職場の保育園に通う5歳児の子どもとその母親だった。手を繋いで歩いている。
子どもはしずくに会えたのか嬉しそうに元気に挨拶をしていたが、その母親は少し心配そうにしずくを見ていた。
しずくは、2人を目の前にすると、仕事のスイッチが入ったかのようにとびきりの笑顔になった。その笑顔は、作った笑顔だとしても、子どもの前では欠かせないものだ。
「おはようございます!今日も元気だねー。」
「先生、公園で何してたの?」
「今日はお天気もいいから、お散歩に来ようかなって下見をしてたんだよ。赤ちゃんたちもお外行きたいと思うから。」
「いいなー!僕も一緒に行きたい。」
「じゃあ、一緒に行けるか先生に聞いてみようね。」
しずくと子どもの会話を聞いて、子どもの母親も安心した顔を見せていた。
朝から誰もいない公園で、空を見ていいたのだ。何かあったのではないかと、心配をさせてしまったのだろう。しずくは、申し訳なく思いながらも「今日はお散歩日和ですよね。」と母親に声を掛けた。
その後、3人で保育園に歩いていった。
仕事が終わった後に、少しだけまたこの公園に来よう。
そう、横目で大切な場所を見ながら、しずくは保育園に向かった。
だが、その思いはすぐに敵わなくなってしまった。
どうしても残らなければならない仕事があり、合コンの待ち合わせ時間までギリギリになってしまった。
それでもしずくの思いは、あの公園に会った。
もしかしたら彼が待っているあの公園だ。
しずくは「少しだけ遅れます。」と美冬に連絡を入れた。
職場からすぐの公園を覗くだけだ。遅れるとしても数分だけだと思い、急いで着替えて職場を後にした。
道を走っていると、「しずく!」と近くから声がした。それは、待っていた人ではなく女性の声だった。
「こっちだよ!迎えに来たよー。」
小さな車から出てきたのは、美冬だった。
「美冬・・・。」
「仕事お疲れ!今日、車で着たから一緒に行きましょう。」
「うん・・・ありがとう。」
もう少しで、あの公園に行けた。「少し待ってて。」と言えば美冬は待っていてくれたかもしれない。
だが、待ち合わせの時間に遅れたのは自分だと、しずくは思い言い出せずにいた。それに、彼とは約束しているわけではなかった。
忙しいから会えないと言われているのだ。
自分の誕生日だからといって、待っていると考えるのは自意識過剰ではないか。
そう思って、自分の気持ちを無理矢理奥に押し込んだ。
「あ、しずく。誕生日おめでとう!」
美冬のお祝いの言葉を、しずくは「ありがとう。」と笑顔で返した。
それはまるで、朝に会った親子に向けたような、硬くなった笑顔だった。