絵本男と年上の私。
16話「泣き止む方法」
16話「泣き止む方法」
カツカツカツとヒールの音を夜道に響かせ、汗をかきながら、しずくは走っていた。
公園に着きそうな頃には、せっかくの化粧もボロボロになり、洋服も着崩れているだろう。けれど、そんな事を心配している余裕はなかった。
化粧や洋服を気にして歩いていたら彼は帰ってしまうかもしれない。
そう思うと、ヘトヘトになりながらもしずくは、走り続けた。
見慣れた道をすすみ、やっとの事でいつもの公園が目に入った。
すると、何故かしずくの足が急に重くなる。あんなに走ってきたのに、公園が見えた途端にゆっくりと足を進めてしまう。
自分ではわかっていた。しずくは、白が待っていなかった事を考えると不安なのだ。
白に会いたい、けど素直に言えないし、連絡も出来ない。自分からまだ気持ちを伝えられない。そのもどかしさを感じながらも、今日だけは自分から会いたいと願った。
それが叶わなかった時、自分はどれだけショックを受けるのか。しずくはわかっていた。
走ってきたからか、動悸が激しく顔も赤い。
何回も短く呼吸をしながら、しずくはゆっくりと公園の中に入った。
こんな真っ暗な時間でも、公園は明るく照らされていた。
その一番明るい照明の下。いつも白はその場所で待っていた。ベンチに座り、しずくを見つけると「お疲れ様です。」と手を振ってくれるのだ。
だが、今日はどうだろうか。
そこに彼の姿はなかった。
しずくは、情けない表情になりながらも、一度大きくため息をついて、自分の呼吸を正しながらゆっくりと歩いた。
公園の明かりに近づきながら、公園の中をもう一度見渡した。もちろん、そこには誰もいなかった。
「いない、か・・・。」
ヘトヘトになった身体を休めようと、白がいつも座っているベンチに近づいた。
すると、そこに何かが置いてあるのが目に入った。誰かの忘れ物だろうか。しずくが、ゆっくりと近づくと、それはしずくが毎日見ているものだとわかった。
可憐に咲くピンクのスターチスの一輪の花。
白がしずくに気持ちを告白した時に差し出した時と同じ花だ。
「・・・はく・・・?」
しずくは、その花を静かに拾い上げて、まじまじと見つめた。
こんな所にこの花を置く人は、あの人しかいない。この場所に、白がいたのだ。きっと少し前まで。
ずっと会いに来ていなかったのに、今日という日に来てくれたのは。
そう考えるだけで、しずくは胸が締め付けられた。
それなのに、自分は何をしていたのだろう。いつも通り、仕事帰りにここの道を通っていれば、白に会う事ができたはずなのに。
そう思うだけで、目に涙が溜まっていく。
それをぐっと堪えながら、しずくはベンチに座り膝の上にスターチスの花を置きそれを眺めた。
暗闇でも、綺麗に咲く花は「おめでとう。」と彼の声で祝ってくれているようだった。
そう思えるだけで、泣きそうになっていたしずくが、微笑んでいた。
「しずくさんっ!?」
その時、静かな公園内に自分を呼ぶ声が響いた。
しずくは、その声を聞き、はっと顔を上げた。ずっと聞きたかった声。きっと、顔や髪はぐじゃぐじゃだろうし、服もボロボロになっているだろう。だけど、自分の気持ちを抑える事は出来なかった。
しずくがその声の先を見つめると、驚きながらこちらへ駆けてくる彼が見えた。
久しぶりに見る彼は忙しかったのだろうか、少しだけ痩せていて、髪がくしゃくしゃだった。
「来てくれたんですね!よかったです、待ってて。」
「・・・うん。」
「そして、お誕生日おめでとうございます。久しぶりに会えて嬉しいです。」
そうやって笑う白を見て、しずくは我慢していた思いが弾けた。
スターチスの花を握り締めると、次から次へと涙が溢れてきたのだ。
一度出ると、もう止められず、しずくは下を向きながら隠れるように泣いた。
「え・・・ええぇぇぇぇ!?しずくさん、どうしたんですか?」
しずくが急に泣き出したことに白は動揺してオロオロとしている。
しずくが座るベンチに白も腰を落とし、「どうしました?大丈夫ですか?」と横顔を覗き込むようにする。
しずくは「ごめんなさい。」と嗚咽交じりでそう言うが、まだ涙を止めることは出来なかった。
ずっと我慢していたものは気持ちと共にあふれ出しているのだ。
会いたかった、何で会いに来てくれなかった。待たせてごめんなさい。待っていてくれてありがとう。そんなごちゃ混ぜの感情は、一言では伝えられない。
「・・・ねえ、しずくさん。僕、ずっと会いたかったんだ。それに、しずくさんに触れたかった。だから、抱きしめてもいい?」
彼のその言葉の意味と優しさを感じ、しずくはまた涙が溢れ出た。
私が泣いているのは彼のせいだ、そう思いながらゆっくりと顔を上げた。すると、「僕、わがままでごめんなさい。」と、しずくの涙を指ですくい、白は切なそうに笑った。
それをぼやけた瞳で見た瞬間に、しずくは白の胸の中にいた。
優しく包む彼の両腕の重みと胸の温かさと鼓動、彼とスターチスの香りを感じながら、しずくはゆっくると目を閉じた。
すると、不思議な事に涙は、ゆっくりと溶けたようになくなっていったのだった。