絵本男と年上の私。
21話「甘い酔いへの誘い」
21話「甘い酔いへの誘い」
いつから約束が変わったのだろうか?
考えてみれば、自分が勝手に変えてしまった事にしずくはやっと気づいた。
始めは、しずくが白の事を思い出したら白がしずくに付き纏うのを止めるという約束だった。
それが、しずくの気持ちを「好き」という気持ちを伝えるのを、記憶をうやむやにしたままでは嫌という理由で待ってもらっていた。
始めは白はしずくの事をずっと好きでいたため、告白してくれた。
だが、一緒にいる中で描いていた「しずく先生」という理想と、本来の「しずく」は違ったのではないか。
(白くんは、私を知って好きじゃなくなったのかな。)
最近は、そう思うようになってしまった。
公園に行くのも怖かった。
下を向いて歩きながら、今日はいるのだろうか?と前を見る瞬間がとても怖かった。
そして、いつものベンチに彼の姿がないと、自分はとても寂しくなる。それを想像するだけで、恐ろしかったのだ。
それでも公園に通うのをやめないとはどうしてなのか。
仕事帰りに寄れる距離だから。見るだけだから。そんな、理由ではない事はしずく自身もわかっていた。
見なかった日に白がいたら、もう本当に会えなくなる。そんな風に考えてしまう自分が心の中にいるのをしずくは知っていた。
「雨ちゃん、大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。」
「いいけど。考え事?」
「ううん、違うの。ぼーっとしちゃっただけだから。疲れてるのかなー?」
しずくは、光哉にそう言って考え事をしていたのを誤魔化した。
この日は、光哉との食事だった。
光哉が電話で食事に誘ってくれたのだった。「また、話がしたいなって思って。おしゃれなお店もいいけど、今回は気軽に入れるところにしよう。」と、遊びに誘うような軽いものだと思い、しずくは承諾した。
前に会った時は初恋の相手に「初恋だった。」と言われ、そして自宅に誘われたのだ。会いにくい気持ちもあったが、何故かしずくは会うのを決めてしまった。
しずく自身も何故行こうと言ってしまったのかわからなかったが、ここ最近は仕事終わりも公園で過ごし、休日も部屋の中で記憶を探る事ばかりしていたので、いい気分転換になるのではと考えていた。
「もしかして仕事忙しい時期だった?」
「夏祭りとかお泊り保育の準備があるけど、そこまで大変じゃないから大丈夫だよ。」
「そう?なんか、疲れてる顔してるから?」
「え・・・そうかな?そんな事ないんだけど。」
光哉は隣から顔を覗き込んできた。綺麗で整った顔が近づいてきて、しずくは焦り少しだけ目線を外にずらした。
(どうしてこんなに距離が近いの、、、?)
内心、そんな風に思いながらしずくは顔を赤くしていた。
光哉が連れて来てくれたお店は隠れ家のような居酒屋さんだった。1部屋1部屋が個室になっており、そこの中に大きなソファがありくつろぎながら食事を楽しめるようだった。
照明も少し暗めで落ち着いた雰囲気のお店で、女の子が好きそうなおしゃれなつくりだった。そのため、周りから聞こえてくるのは女の子の声ばかりだった。
そのため男女1人の組み合わせにお店の人もカップルだと勘違いしたのか、小さな個室に通された。
そこは、大きなソファがあり、並んで座るしかない作りだった。
光哉もそれには驚いて「他のお部屋はないですか?」と店員さんに聞いてくれたが、「お2人様だと、今はこのお部屋しかご案内できません。」と言われてしまい、今に至るのだった。
「ごめん。女の子に人気だって聞いたから、ここにしてみたんだけど。」と恥かしそうに光哉に言われると、しずくも「大丈夫だよ。」というしかなかった。
その恥かしさを隠すために、2人でお酒をたくさん飲んでしまい、しずくはすでに軽く酔っていた。光哉は強いのか全くかわらないようだった。
酔っているせいで、白の事をこんな場所で思い出してしまうのかっとしずくは思うようにした。
「もしかして、好きな人の事考えてた?」
「・・・っ!!?」
そんな事を酔った頭で考えていたところに、そんな事を言われしずくは言葉を失った。
それは、問い掛けに対して肯定しているのが彼にすぐにわかってしまう態度だった。今さら「違う。」と言っても遅いだろう。
「雨ちゃん、片思い中なの?それとも、好きな人と何かあった?」
光哉は、心配そうにしずくを見ながらそう言ってくれた。
この1ヶ月、誰にも相談はしなかった。自分で招いた結果だと思ったし、もう遅いと思っていたから。でも、諦めきれない自分がいて、記憶を欠片を掻き集めようともがいていた。
それでも、何も思い出せなくて。そして、思い出せたとしても彼に会う手段はもうなくて。
その重く辛い気持ちを一人で抱えるのは限界がきていたのかもしれない。
きっと、光哉の誘いを受け入れたのは、彼に甘えたかったから。
彼が自分に好意を持っているとわかっているのに。いや、だからこそ。
きっと光哉は、自分の事を心配してくれる。話しを聞いてくれる。そう、しずくの奥底でそんな考えがあったのだろう。
そんな自分の暗くて最低な気持ちを隠すように、しずくはお酒を飲んで誤魔化した。その甘い考えさえも流し込んでしまうように。
「少し前に、告白をされたの。」
そう切出して、しずくは白との出会いからゆっくりと話し始めた。
白は自分が昔に会っていて、ずっと思っていてくれた事。この日の告白後、ずっと公園で待っていてくれること。デートをした事や、仕事で会えなくなっていた事。
そして、誕生日の日に会ってそれから会えない事。
話してみると、彼との思い出はとても短いものだった。
短い期間で、毎日短い時間。連絡先も交換していないから、それ以外は会う事も話す事もなかった。
それなのに、自分の中ではとても長い間彼を思っているように感じられた。それは、1つ1つの思い出が大切だからだと、しずくにはわかっていた。けれど、今はもう全てが遅いのかもしれない。
「そっか。そんな出会いがあったんだね。」
光哉は、しずくの話を相槌をうちながら、しっかりと聞いてくれた。
話し終わると、「話してくれて、ありがとう。」と言いながら、頭を撫でてくれた。その行為が昔と同じようでいて、少し違うのは彼の手がとても大きいからなのか。それとも、自分の気持ちが違うのかわからなかったが、安心するのは同じだった。
「その白くんの事、雨ちゃんは好きになっったんだね。」
「・・・うん。そうだと思う。」
「まだ思い出せないの?」
「・・・・そう、なの。」
そう返事をして自分でも情けなくなる。元々記憶力はいいほうでもなかったのに、大切な人の過去を思い出せないなんて。自分で自分が許せなかった。
「白くんってさ、どうしてもう会いにこないのかな?忙しくても、少しくらい好きな人に顔を見せてくれればいいのにね。」
「・・・それは。」
「それに好きな人に連絡先を教えないっていうのも俺には信じられないんだ。好きな人とは、連絡取りたいものなんじゃないかな。」
「・・・それは、私の事を待ってくれてて。」
「でも、今はもう待ってくれてないよね。その公園で。」
「っ!」
自分でもずっと思っていた事を、他の人に言われると現実味を帯びてくるのは何故だろうか。
自分が考えていた思いを、光哉も同じように思った。
それが意味するのは・・・・。
「もう彼は雨ちゃんに会いに来ないんじゃないかな。」
そういう悲しい現実だった。
ずっとずっと思っていた事。
白はもうしずくを好きではなくなった。だから、もう会いに来ない。
ただそれだけ。
ただそれだけの事。
それを他の人に言われて、しずくはやっとその事を受け入れた。いや、受け入れなきゃいけなかった。
「そうなのかな、やっぱり。」
白は私から離れていったのかな。
もう嫌いになったのかな。
ううん、「かな」じゃない。
嫌になったから離れた、のだ。
しずくは水滴がたくさんついたグラスを持ち、飲みかけのカクテルを飲み干した。
そうすると、何故かあの花の香りがしたような気がした。
大切なスターチスの香りが。