絵本男と年上の私。
24話「頑張る」
24話「頑張る」
しずくは高鳴る鼓動を必死に抑えながら、心当たりの物が置いてある場所に向かった。
仕事関係の物が置いてある本棚の一番下の端になる、箱。書類が入るほどの大きさだが、それほど大きくない。
しずくは両手で大切にその厚紙で出来た箱を取り出して、ゆっくりと蓋を開けた。
そこには、「保育実習記録」と書かれた冊子が入っていた。
しずくが手に持っている箱は、大学生の頃に行った、保育園や幼稚園教諭になるために実習に行った際の記録が入っていたのだ。
仕事を始め、自分が始めて実習生を受け持った頃は「自分はどんな事を書いていたのか」と思い、この実習記録を見直す事があった。
だが、保育士を始めて10年もたつと、もう学生の頃の記録を見ることはほとんどなかった。
そのため、白の記憶を探す際もこの箱は全く見ていなかったのだ。
「懐かしいな・・・。この実習記録。もう10年ぐらい前になるのか。」
保育士を夢見て、1ヶ月の間必死に勉強した時間。何回も悔しくて泣きそうになりながらも、子ども達の笑顔に勇気付けられてきた時間。
そして、「やっぱり子どもが大好きだ。」と再確認した瞬間でもあったのだ。
懐かしさに浸りそうになりながらも、しずくは目的の物を探し始めた。
「確か・・・この辺にあったはず・・・。」
箱の一番下にあるファイル。
そこには1枚の紙が入っていた。
しずくは、ゆっくりとその紙をファイルから取り出す。
その紙には、先ほど思い出した絵が描かれていた。
この間、白から誕生日プレゼントで貰った構造と同じものだ。
ピンクのスターチが、リースのようになっており、その円の中心にエプロン姿のしずくが微笑んでいる。
少しアニメのように描かれており、最近貰ったものとは雰囲気が違ったが、白が描いたものだとすぐにわかる。
「あった。白に思い出・・・やっと見つかった!!」
大切な白の記憶を思い出し、そして過去の白から貰ったプレゼントを見つけ出し、しずくは独り声を上げながら喜んだ。
ずっとずっと探していたものを見つけたのだ、感動も大きい。
そして、大好きな白の事なのだから・・・。
「やっと白に言える。昔のあなたを思い出したよ。待たせてごめんね。そして、白が大好きだって・・・。」
そこまで言葉を出していると、白からもらったイラストの紙にポタポタと雫が零れているのに気がつく。
「あれ?・・・なんでまた泣いているの・・・?」
自分が涙を流しているのに、やっと気づき。絵が濡れてしまったところを手で押さえた。
でも次から次へと流れ出る雫で、紙には雨模様のような跡がついてしまっていた。
「いつの間にこんな泣き虫になったんだろう。そんなに泣くことなんてなかったのに。」
しずくは気づいている。
泣いてしまう原因は、全て白のせいだという事に。
全部、彼を思って泣いてしまうのだ。
それぐらいに、しずくにとって大切であり、傍にいて欲しい存在になっていたのだ。
初めは、離れ貰うために彼の過去を思い出そうと必死になった。白から逃げるのに必死だった。
それなのに、今では白に「好き。」と伝えるために、過去を探していた。
初恋の相手から告白されても、気持ちは変わらず、むしろ会いたい気持ちがつのるばかりで。
そんな時に彼と会う事ができなくなっているのだ。
白の過去を思い出したのに。それも全部無駄になってしまうのだろうか。
光哉が言ったように白はもう「会いに来ない」のではないか。
自分でも、そう思うようになっていた。
それでも、彼の過去を思い出してしまったのは何故なのだろう。
白が目の前からいなくなってしまっては、意味がないことなのに。
しずくは、泣いた目を強く擦りながら昔の彼の事を思い出す。
白が未来へ悩みもがいていたあの頃。
辛そうな顔から、最後ははにかんだ、今でも変わらないあの笑顔。
そして昔の彼がしずくに言った「じゃあ、頑張って叶える!」。その力強い言葉を。
あれから、ずっと白は夢をかなえるために頑張って来たのだろう。
だからこそ、久しぶりにしずくに出会った時に「僕は頑張ったよ。」と言ってくれたのだろう。
自信に満ち溢れた彼の笑顔は、とても魅力的だったな、と今でも思い出される。
白はしずくが話した事を信じて、頑張っていたのだろう。
自分の夢に向かって必死にもがきながら・・・。
それなのに、しずくは彼を忘れてしまっていた。
それがとても情けなくて、悔しい。
今は、彼に謝ることも感謝することも、そして告白することも出来ない。
泣いているしか出来ない。
「そんな事、ないよ・・・。」
弱気なしずくの気持ちを消してくれるのは、昔の白だった。
初めて会ったころの白は、とても儚くて、それを隠すかのように激しい行動が見られていた。
けれど、彼は「頑張った」のだ。
会っていない10年間もの間、ずっと頑張っていたのだろう。
(だから、次は自分の番だっ!)
その言葉が自分の中から出てきた事で、しずくは沈んでいた気持ちが大分楽になった。
確かに、白に会えるかはわからない。会って好きだと伝えても、それに応えてくれるかもわからない。
だけど、ずっと泣いて来ない返事を待っているよりはいいだろう。
そう思えるのは、大きな進歩だとしずくは思えた。
「よーし!頑張ろうっ!!」
誰もいない部屋で、一人笑顔でそう宣言する。
それは、自分自身を奮い立たせるには十分な言葉だった。
今、願うのは白に再会すること。
ただそれだけだ。