絵本男と年上の私。
29話「幸せな場所」
29話「幸せな場所」
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最近の夜は、早寝をする事が多かった。
仕事終わりに暑い中公園にいるのは、体力を使うのか帰宅する頃には、ヘトヘトになってしまっているのだ。
そして今日も同じだった。
早番だったので、長く公園にいることが出来ると思っていたが2時間経った頃には全身から汗が出てくるのを感じていた。
その後も1時間ほど待っていたが、体力の限界を感じ家へと帰ったのだ。
毎日のようにスターチスの花をベンチに置く。
それは、習慣になっていたが、この時が特に悲しい気持ちにさせられた。
この花を手に取るのは、次は誰なのか。
また明日、この場所でこの花を見つめる自分を想像しては、切なくなってしまうのだ。
それがずっと続いているのだ。仕方がないのかもしれないが。
そんな事をベットの中で考えてしまい、しずくは1人ため息をついた。
「だめだめ!いい事考えないと、いい夢は見れないよ!」
独り言を大きめな声で言うと、笑顔を作り自分で納得したまま部屋の電気を消してベットに入った。
いつもよりも少し早い時間だったが、今日はすぐに眠れるだろう。そして、きっと夢でなら白に会える。
そんな気がして、しずくは目を閉じた。
思い出すのはいつも白との日々の事。毎日の公園からの帰り道。デートをした事。そんな楽しい記憶だ。
短い期間ではあったが、しずくにとっては大切な時間。それを思い出すだけで、楽しい気持ちになった。
もし、それが起きたときに夢だと分かり、一人泣くことになったとしても。
うとうととしてきた頃、誰かが走る音が耳に入った気がした。
しずくは、寝そうになっていた頭を覚醒させて、目を瞑ったままその音を聞いた。
こんな事は白と会わなくなってから幾度となくあった。
玄関の前をある足音が聞こえると、彼が来てくれたのではないか。マンションの前に車が停まっていると、白の車ではないか。
そんな期待を寄せてしまうのだ。
そして、今日も馬鹿な期待をしてしまっている。自分でもそれは理解していた。
でも、その気持ちは止めることが出来ないのだ。
ベットの中で、じっと身体を固まらせて、その足音に希望を乗せながら聞き耳をたてていると、その足音はしずくの部屋の前で止まった。
そんなように感じ、しずくははっとして身体を起こした。
すぐに部屋の電気をつけて、パジャマの上に薄手のカーディガンを羽織った。
そのまま、インターフォンの受話器の前に立ち、その画面をじっと見守った。
(こんな夜に宅急便なんて来ないし。それに友達とも約束してないし。あ、光哉くん・・・って事もあるかもしれないけど、でも連絡はないし。・・・お願い、彼であってほしい。)
祈るように、じっと画面を見つめていると夜中の静けさの中にベルの音が響いた。静かな時間だからなのか、待ち望んでいたからなのか、しずくにはその音がいつもより大きく感じられた。
そして少しの時間差で画面が明るくなる。
そこに映し出された人を顔を見た瞬間。しずくは、身体が勝手に動いていた。
受話器を取って話す時間も、ゆっくりと冷静になって歩く時間も全てが勿体無い。
早く彼に会いたい。
すぐそこにいる彼に。
部屋の中でスマホのバイブが鳴ったのが微かに聞こえたが、それもすぐに頭の中からはじき出される。
考えられるのは、彼の事だけだ。
(白くんだ。白くんが来てくれたッ!)
そう思うだけで、目の前が急にぼやけた。自分が泣きそうになっているのにしずくは、気づかず走った。
急いで施錠を外し、ドアを開ける。
白の顔を見た瞬間、しずくは彼に飛びついていた。
その瞬間に、彼の匂いや体温が感じられる。白は驚いたようで一度身体が固まっていたが、すぐに彼の腕がしずくを包んだ。
彼に守られているという安心感からか、一気に目から涙が溢れた。
そして、彼への思いも一緒にあふれ出した。
「ごめんなさぃ・・・ごめん、なさい・・・。」
気づくと、それだけを繰り返し言葉にしていた。
それが彼に一番に伝えたいこと。白に、ずっと謝りたかった。
思い出せなかった事、ずっと待たせてしまった事、彼を信じられなかった事。
「しずくさん。」
彼の優しい声が聞こえた。そして、大きな手で頭をゆっくりと撫でてくれる。
どちらもしずくの大好きなもの。
それを感じられてしずくは、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
そして、ゆっくりと顔をあげた。泣いた顔はきっと可愛くなんてないだろう。だけれど、それよりも彼の顔が見たかった。
しずくが動いたのがわかり、白もしずくの顔を見つめていた。
白は少し苦しげな顔で、でも微笑んでくれているのがわかる。
こんな時でも、笑顔を見せてくれる優しい彼。
やっと目の前で見ることが出来たのだ。しずくは、一気に幸福感に襲われた。
「白くん、会いに来てくれて、嬉しい・・・。」
そう言葉にした。
謝りたかったのが1番。だけれども、会いたいという気持ちがもしかしたら本音だったのかもしれない。
それを伝えると、白の顔が一瞬くしゃっと歪んだ。
(あ、白が泣いてる?)
そう思った瞬間、強い力で彼の胸の中に抱きしめられる。
白が思い切りしずくを抱きしめたのだ。さきほどまでの優しさで包むようなものではなく。
強く強く・・・彼の中にこのまま入ってしまうのではないかというぐらいに。
そして、小さく震える彼に身体を感じ、しずくは小さく目を閉じた。
この場所で感じられる全てが、しずくが今が1番幸せだと感じさせてくれていた。