絵本男と年上の私。
32話「今が大好き ~エピローグ~」



   32話「今が大好き」



 ☆☆☆

 しばらくの間、お互いに体温を感じ落ち着いた頃、どちらともなく抱きしめあっていた体を少し話した。
 目の周りが赤くなっているのは、きっとどちらも同じだろう。その事に気づき、恥かしそうに見つめあいながらも2人ははにかんだ笑いを見せた。
 白は、目線をしずくからずらし、テーブルの上にある物を見つめた。そこには2枚の似顔絵があった。
 それは白にとっても、とても懐かしいものであり、自分が何よりも想いを込めてつくった作品でもあった。
「昔の絵、見つけてくれたんだね。それて、僕の事を思い出してくれたんだ。」
「うん・・・遅くなってごめんなさい。その絵を見た瞬間にすぐに思い出したの。それからずっと会いたかったんだけど、連絡先を交換してなかったから・・。」
「待っていてくれたんだよね?」
「・・・え!?知ってたの?」
「僕にとってもあの公園は大切な場所だから。いつもスターチスの花が置いてあって嬉しかった。」
 白は辛いことを思い出すように話した。
 しずくは「声を掛けてくれればよかったのに。」「会いたかったのに。」とは、言えなかった。白がどんな思いでその花を見ていたのか。
 白自身に何か考えがあったのがすぐにわかった。そんな自分の思いを押し付けるような言葉を言いたくなかった。
 白の悩みが解決したからこそ、今、傍に居てくれるのだ。しずくにとって、それが何よりも嬉しいのだ。

 そんな事を思いながら愛しい彼の顔を見つめていると、白はすぐにその視線に気づき、顔を赤く染めて恥かしそうにしていた。
 気づくと、強く抱きしめられ白の胸に顔を押し付けられていた。もっと白の顔を見ていたかったが、彼の鼓動の音が耳に心地よく入ってきて、しずくは嬉しくなった。
「しずくさん、そのまま僕の話を聞いて。」
 しずくは、腕で強く抱きしめられたまま、頷いた。
 それを感じると、白は静かに昔の話を始めた。
 しずくと会った後の白の過去の話だった。

「しずくさんに会うまでの僕は、絵を描く事に夢中だ。そして、絶対に上手くなって絵で生きていきたかった。それがどんなに大変な事かはわかっていたから、それ以外の事はどうでもよくて。勉強は大学に行くためにそれなりに頑張っていたけど。友達もいらないと思っていたし。絵以外の事で時間を潰すのはばかばかしいと思っていたんだ。」
 白は、苦笑気味にそう話してくれた。顔を見なくてもきっと白はそんな顔をしていると、しずくにはわかった。
「でも、しずくさんと話してる時に、「信じていれば何でも叶う」って話したでしょ?その時、僕は「友達出来るかな?」って考えもなしに話していたんだ。だから自分でも驚いた。・・・でも、本当は友達が欲しかったんだって気づいたんだ。絵の勉強は誰にも負けないぐらいにしていたから、自信を持っていいって気づいた。美術部も遊びにやってる部活だって決めつけていたけど、入部してみたんだ。」
 白がしずくに会った後の過去は、とてもキラキラと輝いていた。
 今まで、誰とも関わらず、自分だけの力で生きていこうとしていた白が変わった瞬間だった。
 美術部に入り、その顧問の先生が自分の生きたい大学の卒業生だった事。先輩の作品の中で、白が「自分より力がある。」と感じられるものがあった事。
 そして大学に入り憧れの人の講義を受けられ、指導を受けた感動。そして、プロになれた事。

 白はしずくと会っていない間、努力を積み重ねてきたのだ。
 特に友達を作ろうとしなかったのに、人との関わりを持とうとした事は、大きな勇気が必要だったのだろう。
 それを自分のため、自分の夢のために乗り越えた彼は成長し、本当の大人になっていた。

「白くん、頑張たんだね。偉いね。」
「しずく先生に褒めて貰えると、僕も嬉しいよ。」
「もう先生って言わないでよ。何か恥かしいんだから。」
 そんな風に話していると、白は体を動かして、気づくと白の手がしずくの顔を包んでいた。
 じんわりと彼の温かさに目を細めながらそれを感じることを喜んでいると、彼の顔を少しずつ近づいてくるのがわかった。
「僕は、しずくさんを最後まで信じられなかったのかもしれない。他の男の人に行ってしまうと思ってた。」
「そんな事ないよ。光哉くんは初恋だけど、今はずっと会ってなくて再会したばかりだったし。」
「・・・でも、さっきから何回か彼から着信あるみたいだよ?」
「え・・・。そうなの?」
 白に抱きしめられたままスマホの方を見ると、確かに着信を知らせるランプが点滅していた。
 きっと話をするのに夢中になっていてバイブの音に気づかなかったのだろう。でも、そういえば、白が来てくれたときにスマホのバイブが聞こえたような気もしてきた。
 白は気づき、画面を見たのだろう。光哉が相手だという事に気づいていたのだ。
「何回も電話くれるなんて。光哉くん、何かあったのかな?」
 しずくは、スマホを取ろうと手を伸ばした。
 が、それは叶わなかった。あっけなく身体を白に戻され、白の膝に座るようになってしまう。そして、先ほどよりも近くに彼の顔が迫っていた。
 彼の瞳の中で自分が移っているのが、そして彼の呼吸が肌で感じられるのがわかってしまうぐらいの近距離だ。
「僕に抱きしめられているのに、他の男の話をしないで。」
「・・・・。」
 白のその言葉は、しずくをとろけさせるのに抜群の効果があった。
 そんな言葉を彼の声で囁かれては、もうどうする事も出来ない。ただただ彼の目を見つめる事しか出来ないのだ。
「しずくさん、これからは絶対にあなたを信じます。だから、しずくさんも僕をもう忘れないで。」
「・・・うん。私も白くんを絶対に忘れない。」
 その言葉を聞いて安心したのか白は、目を細めて微笑み、しずくに優しくキスをした。
 
 それは今までで一番温かく、そして長く幸せな口づけだった。





  エピローグ





 その日は、今日のように温かい日。
 
 しずくは、栗花しずくは、お気に入りの公園で本を読んでいた。
 もう2時となる時間で、心地いい風と木々の間から漏れる太陽の陽が、眠気を誘ってくるがしずくはそんな気分でもなかった。
 だからと言って、本に集中しているわけでもない。

 昔の事を思い出しているのだ。
 大きな少年が、一輪のピンクの小さな花をくれた日の事を。



「何をニヤニヤしてるんですか、しずくさん。」
 大切な昔を思い出していると、突然後ろからで両腕が伸びていて気づけば抱きしめられていた。
 誰に抱きしめられているかなんて、声を聞くだけでしずくはわかってしまう。彼に触れられるだけで、安心した気持ちになる。それが彼だという証拠だ。
「白くん。早いねー。待ち合わせまでまだ30分以上あるのに。」
「それはしずくさんだって同じですよ。」
「ここで本の読むの好きだから。それに、ここに来ると白に出会った事を思い出すの。」
「・・・それは僕も一緒です。」
 この公園は、2人にとって出会いの場所であり、そして少しだけ苦い思い出がある所でもあった。
 でも苦しみがあったからこそ、今があるとわかっている。
 だから、この公園は2人にとって定番のデートコースになっていた。
「告白したとき、かなり緊張したんですけど、頑張ってよかったです。」
「ありがとう。すごく嬉しかったよ。」
「今はあの時以上にしずくさんが大好きですけどね。」
「・・・すぐにそういう事を言うんだから。」
 お互いの気持ちを伝え合った日から約2週間が経った。それからというもの、白は今まで以上にしずくに甘い言葉を伝えるようになった。
 「恥かしい!」としずくが伝えても「今まで我慢していたので、しずくさんも我慢してください。」といわれて止めてくれなかった。
 実際は、そんな言葉を言う彼が好きなのも事実なので、しずくは嬉しくもあったが。
「キスしてもいいですか?」
「・・・そういう事は言わないで!」
「じゃあ、公園で突然してもいいんですか?」
「・・・誰かいるかもしれないからダメ。」
「今は誰もいないからいい?」
 そう言ってくる白の表情はどこか楽しそうで、自分を言葉でいじめて楽しんでいるのがしずくにはわかった。
 10コも年下なのに、彼の方がどうも最近年上のような態度が多いような気がしていた。
 しずくは、それが最近の悩みであり、悔しさでもあった。
 なので、今日は年上らしさを見せようと考えがあった。それを試すのに今が最大のチャンスだった。
 恥かしさもあったが、決めたら実行あるのみだ。

 しずくは、目の前で楽しそうに微笑み返事をまっている彼に短くキスをした。
 自分からのキスはこれが初めてなので、彼も驚くだろう白の表情を見ようとした。
 が、それは叶わなかった。
 すぐに後頭部を彼に優しく支えられ、先ほどよりも深いキスになる。驚いたのは白ではなくしずくだった。
 しばらく甘いキスに翻弄され、顔が離れる頃には力が入らなくなるぐらいだった。
「しずくさんからキスされるの嬉しかったです。ありがとうございます。」
 そんな言葉を何事もなかったかのように笑顔で囁かれて、しずくはもう敵わないとわかってしまった。

 年下の彼は、自分より大人に成長していたのだった。
 そんな彼を愛しく思いながら、しずくはまた白に自分から顔を近づけたのだった。
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