彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
じりじりと、捕獲、される
夕飯の待ち合わせは、みちるの最寄り駅が主だった。
社内の人間に会う可能性が低い事が選ばれた理由だ。
正式なお付き合いでない以上、篤樹としても強引に出られずにこの案を飲んだ。
本来なら、外堀から埋めてしまいたいところだが、それをして、みちるに嫌われたらと思うと、行動できずにいた。
ひたすら押しまくれ、と豪語した貴壱には、さんざんヘタレと馬鹿にされたが仕方ない。
好かれたい、嫌われたくない。
漸く近づけるチャンスが巡って来たのに、無駄には出来ない。
困惑気味の彼女が、抱きしめた腕の中でじっと大人しくしているだけでも、十分だと思えるのに、これで、好きだと言われたら、それこそ理性を抑える自信がない。
適当に機嫌を取って、キスをするのは簡単だが、みちるに対しては、どうしてもそれが出来なかった。
篤樹の行動ひとつひとつに、翻弄されて対応に困る彼女だ。
雰囲気に飲まれれば、キスの一つくらい簡単に出来るだろう。
でも、それをした後の、自分に責任が持てない。

「南野さん?」
駅前の居酒屋で、届いたビールを前にぼんやりしている篤樹を覗き込むように、みちるが呼んだ。
店に入ってからも、どこか言葉数が少ない。
大きな仕事が落ち着いて、疲れが出たんだろうか?
「大丈夫?疲れてるみたいだけど・・・」
「あ、いや・・大丈夫、ごめん。みちるの機嫌が直ったかな、と思って」
「・・・まだ怒ってるけど・・・ああいう呼び出し方、やめて」
「ごめん、でも、どうしても今日会いたくて」
「・・・」
ふわりと柔らかい笑みを浮かべて見つめられる。
篤樹の気持ちは前から聞いていて、分かっているはずなのに、こういう表情を向けられるたびに、みちるの鼓動は早くなる。
「メールで連絡、してくれたら・・」
「適当に言い訳して逃げられそうで」
「うっ・・・」
「ね?だから、手っ取り早い方法を選んだ」
「・・・」
まんまと篤樹の策略に乗ってしまった自分に凹みつつ、目の前の整った顔を睨みつけていると、篤樹が心配そうな顔で手を伸ばして来た。
みちるの癖のない真っ直ぐな髪に優しく触れる。
大事なものを扱う時のような、慎重な指先に、否応なく頬が赤くなる。
「ごめん」
篤樹のずるいところは、すぐにこうして素直に自分の非を認めるところだ。
先に謝られると、みちるはこれ以上責めることが出来なくなる。
そんな顔されたら、何も言えないでしょ・・・
「もう・・・怒ってないです・・・書類も提出できたし」
「ありがとう」
心底嬉しそうに目を細めて篤樹が笑う。
その笑顔を真正面で受け止めたみちるは、思わず倒れそうになった。
只でさえ見目がいいくせに、そんな無防備に笑わないでよ・・・
社内の女子が見たら、卒倒ものの笑みから逃れる様に、みちるはビールを煽った。
「それより・・・用事?どうしても会いたいって、何か・・・」
わざわざ、あんな強引な方法で呼び出したのだ、さぞや重要な話だろうと切り出すと、篤樹があっさり首を振った。
「用事は特にないよ。ただ、疲れたから、会いたくなっただけ」
「・・・っは・・・?あ、あたし、何も出来ないけど・・?」
「何もしてくれなくていいよ。何かしてくれるっていうなら、大歓迎だけど」
茶化すように笑った篤樹、みちるの頬を優しく撫でる。
「こうやって、俺の目の前にいてくれるだけでいいから」
「・・・なにそれ・・」
一緒に居るだけでいい、なんて言われたのいつ以来だろう・・・
あまりに久しぶりすぎて、他人事のように考えてしまう。
「そのうち、これが普通になったら、もっと嬉しいけど」
「・・・お疲れ様」
手を振りほどくことも出来ずに、一言だけ答えたみちるを見つめて、篤樹が嬉しそうに笑った。

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