彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
甘えたい腕
「みちる先輩、大丈夫ですか?」
後輩の心配そうな声に、みちるは枕代わりにしていた腕から顔を上げた。
腹部を襲う鈍い痛みはまだ治まらない。
本当ならもうそろそろ薬が効いてくるはずなのに。
「あー、平気平気・・・ちょっと薬効いてくるまで休んで帰るから、トモちゃん、先帰っていいよ」
定時を回って、各部署から続々と人が立ち上がっていく。
これ以上付き合わせるわけにはいかないと、みちるは無理に笑顔を作った。
つい先日篤樹とした電話を思い出すが、即座に無かったことにする。
「一人で大丈夫ですか?あたし、やっぱり着いてますよ。この間先輩に迷惑かけちゃったし」
「薬効いたら歩けるし、大丈夫だから。貧血じゃないし、トモちゃん付き合わせるの悪いもん」
「えーでも・・・」
「ただの生理痛だし、心配しないで、ね。お疲れ」
「分かりました・・・あたし、駅前で夕飯食べるんで、何かあったら連絡下さい」
「ありがとー。気を付けてね」
強引に後輩を帰らせて、薬が効き始めるのをひたすら待つ事15分。
漸く起き上がる事が出来るようになった。
フロアに残っているのは数人の男性社員だけになっている。
課長は夕方から会議に出席している為、総務部ではみちるが最後だった。
重い足取りでエレベーターホールに向かう。
まだ残る痛みを堪えつつ腕時計を見る。
やっぱり駅前でタクシーかな・・・
ぼんやり考えていたら、エレベーターが到着した。
「やっぱり帰ろうとしてる」
中から降りて来てた篤樹が、顔を顰めて近づいてくる。
「え・・・何が」
「さっき、下で山口さんに会ったよ」
「・・トモちゃん?」
「具合悪いって?」
「ううん、大丈夫」
咄嗟に首を振ると、溜息交じりに手首を掴まれた。
「そんな顔色で何が大丈夫?」
「ほんとに、大丈夫だから・・・」
「この間、俺が言ったこと忘れた?」
「忘れてないけど・・帰れる・・」
「・・・なんでそこで意地張るの・・送ってくよ」
「えっ・・いい、ほんとに・・歩けるし」
篤樹に送って貰うなんて、とんでもない。
頑なに首を振るみちるを見下ろして、篤樹がしょうがないな、と呟く。
「じゃあ、みちるの最寄り駅まで送らせて」
「・・仕事は?」
「俺のことはいいから・・こういう時くらい、自分の事考えてよ」
「でも・・・」
「駅前まで、晩飯買いに行くつもりだったんだ。この後も仕事あるから。
気分転換になるし、そうさせてよ」
「・・・わかった・・」
漸く頷いたみちるを連れて、篤樹がエレベーターに乗り込む。
「みちるさあ・・・いつでも、そうなの?」
「え?」
「限界まで我慢して、自分でなんとかしようとすんの?」
「・・・」
「それとも、相手が俺だから?」
「・・・迷惑かけて・・・ごめんなさい・・・」
消え入りそうな声でみちるが呟く。
篤樹は困ったように返した。
「こういう時くらい、俺を頼ってよ」

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