彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
連れて帰っていいですか?
結局、篤樹の帰宅は予想通り十一時半頃になった。
 新幹線の時刻を訊いて、乗り継ぎの電車を調べて、篤樹の最寄り駅の改札で待つことにした。
 見送りを催促されたから、というのが理由のひとつ。
 行きしなは、見送れないけれど、帰ってくる時間帯なら、誰にも会わないだろうと思ったのだ。
 それと、理由はもうひとつ。
 昨夜の電話が、嬉しかったから。
 篤樹の気持ちが、すごく、嬉しかったから。
 声だけじゃ、足りないと思った。
 終電間際の電車は、時間を追うごとに人が少なくなっていく。
 結局改札前で二十分ほど待って、漸く篤樹の姿が見えた。
 改札を抜けようとして、みちるの姿を見つけた篤樹が、唖然とした表情になる。
 予想通りの反応に、みちるは満足げに微笑んだ。
 いつも篤樹の言動と行動に翻弄されてばかりのみちるだ。
 今日くらいは驚かせてやりたかった。
「え・・・なんで?」
「迎えに来たのよ」
「いや・・・そうだけど・・・」 
 まだ信じられない様子で、改札を抜けてきた篤樹が、みちるの前で立ち止まる。
「見送りには行けないけど、お迎えなら、行けるなと思って」
「こんな遅い時間に?」
「まだ日付変わってないでしょ」
「ひとりで危ないよ」
「だから、ここで待ってたの」
「・・・」
 先手を打って告げると、篤樹がまじまじとみちるの顔を見下ろした。
 こうして黙り込む彼を見るのは初めてで、何となく、勝ち誇ったような気になる。
 不意打ちのセリフに、うっと言葉を詰まらせるのはみちるの方なのに、今日は篤樹の方が言うべき言葉を探して迷っている。
「あたしのお迎えじゃダメだった?」
「そんな訳ないよ」
 即座に否定されて、ほっとしたと同時に、今更ながら恥ずかしさが込み上げてくる。
「じゃあ・・・嬉しい?」
 それでも必死に勇気を出して尋ねると、篤樹困ったように笑った。
「なんでそんな当たり前の事訊くの?めちゃくちゃ嬉しいよ」
「良かった」
 今日は、いつもより素直になれる。
 繰り返した電話でのやり取りのおかげか、篤樹を前にしても、緊張しない。
 それよりも、こうして喜んでくれた事が、何より嬉しかったのだ。
 自分の行動や、言動が、相手の笑顔に結びつくこと。
 それは、こんなにも幸せな気持ちを呼び込んでくる。
 みちるもつられて微笑んだ。
「あたしも、電話だけじゃなくて、会いたかったから」
 声だけじゃ分からない。
 篤樹の表情を、ちゃんと見たかった。
 いつもは、すぐに視線を逸らしてしまうけれど。
 今日だけは、真っ直ぐに彼を見つめる。
 待ち伏せをしようと決めた時点で、腹を括ったのが良かったのかもしれない。
「・・・参ったな・・・」
 篤樹が小さく溜息を吐いて、みちるに向かって手を伸ばした。
 触れてくると思った手が、直前で止まって、篤樹がためらうようにその手を引っ込める。
「どうやったら、このまま連れて帰らせてくれる?」
 懇願するかのような、小さな呟き。
「・・・あの・・篤樹・・・」
「会いたいって、言うのは、期待してもいいよって事?」
「期待って言うか・・・」
 みちるが言葉を詰まらせる。
 会いたい理由は、恋しいからで。
 恋しさっていうのは、愛しいって事で。
 つまり、それは・・・
「俺、今度こそ勘違いするけど?」
「勘違いは駄目!」
 みちるが慌てて突っ込んだ。 
 間違いなんかじゃなくて、偽物なんかじゃなくて。
 一方通行でも、行き止まりでもない。
 篤樹が下ろした腕を掴む。
 これまで、どうやってこの気持ちを伝えて来たんだろう。
 たった二文字告げるだけなのに。
 今にも倒れてしまいそうな位、緊張している。
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