彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
最寄り駅の改札を抜けると、みちるはスマホを取り出した。
 いざ電話をかけるとなると、めちゃくちゃ緊張する。
 4年前に入社してすぐ彼氏と別れて以来、プライベートで異性に連絡をした事が殆どない。
 もともと、社交的な方ではないし、自分から合コンや、社内の飲み会に参加するタイプでもない。
 さすがに4年も彼氏がいないのはマズいと、心配されて連れていかれた合コンも、不発に終わって、それっきりだ。
 普通に社内で仕事しているだけなら、プライベートで連絡するはずのない相手。
 しかも、相手は三銃士。
「三銃士って何よ・・・しょーもない」
 気にするなと、自分を奮い立たせる。
 一言、何もご心配なく、と伝えれば良いのだ。
 ほかに。話をする必要も無い。
「よし・・・やるわよ・・・」 
 番号を入力して、発信する。
 コール音が2回、3回、と響く。
 スマホを持つ手が汗ばんで、鼓動が早くなる。
 まるで今から告白でもするかのようだ。
 相手が出た訳でもないのに赤くなる頬。
 思わず切りそうになる。
 が、その前に、留守電に切り替わった。
「・・・」
 お決まりの機械音声が流れて、どっと肩の力が抜けた。
 留守電を残す勇気は無くて、そのまま切断する。
「っはー・・・」
 物凄い疲労感に見舞われて、思わず立ち止まった。
「なんであたしがこんな緊張しなきゃなんないのよ・・・」
 恨めし気に呟いて、スマホを睨み返す。
 営業部はいつも遅くまで残業していると聞く。
 明日かける?
 電話じゃなくても、明日社内メールで、返事すればいいんじゃない?
 でも。多分、彼は、万一メールが見られる可能性も考えて、ああいう行動に出た筈。
 だとしたら、やっぱり、連絡したほうがよいかもしれない。
「留守電・・・残せばよかった?」
 もうどうしてよいのか分からずに、駅前の歩道で立ち止まる。
 みちるを追い越すように、駅から出てきたサラリーマンやOLが横断歩道を渡っていく。
 と、手にしていたスマホが震えだした。
 着信画面に出ている番号は、さっきかけた篤樹のそれだ。
「も・・・もしもし?」
 震える声で答えると、電波越しに篤樹の声が聞こえた。
「仁科さん?」
「そ・・・そうです・・」
「良かった。会議から戻ったら着信入ってて、もしかしてと思ったんだ。連絡ありがとう」
「いえ・・あの、説明って・・」
「ああ、うん・・・昨日はホントごめん。俺の勘違いで、嫌な思いさせちゃって」
「別に、気にしてないんで、わざわざ説明も入りませんし。この間も言ったと思うけど、誰にも話したりしませんから」
 用意していた答えを一気に伝えると、篤樹が困ったように言い返してきた。
「いや、そうじゃなくて・・・」
「そうじゃないって・・・?」
「あのさ・・・会って、話出来ない?」
「ええっ?」
 突然の誘いに、みちるが目を丸くした。
 会ってって・・・どういうこと?
「電話じゃなくて、ちゃんと、話したいんだけど・・無理かな?」
 申し訳なさそうな篤樹の声に、みちるが思わず黙り込む。
 会って、何を話すというのか?
 世間話をする間柄でもないのに、じゃあ、仕事の話か?
そんなわけないでしょう!
「えっと・・・どういうこと・・?」
 いよいよパニックに陥り始めた思考を一時停止して、みちるが答える。
「それは・・・会ってから話すよ」
 篤樹が濁すように返してきた。
「だから、いつなら時間取れる?」
 柔らかい問いかけに、緊張でがちがちになっていた気持ちがふっと緩む。
 だから、油断したのだ。
「・・・い、いつでもいいですけど・・・」
 思わず答えたこの返事を、みちるは、この後物凄く後悔する事になった。
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