彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
アツアツのピザと、シーザーサラダで空腹を満たしつつ、ボトルのワインを開ける。
 窯焼きピザで有名な店は、平日の夜も繁盛していた。
 カウンターに並んで腰かけて座ると、傍から見れば普通のカップルのようで、みちるは落ち着かない。
 篤樹は気にした様子も無く、料理とワインを楽しんでいる。
 話し上手な篤樹に、頷いたり、簡単に答えたりしているうちに、あっという間に一時間が過ぎた。
 けれど、篤樹は一向に本題に入らない。
 しびれを切らしたみちるが、あのう、と口を挟んだ。
「それで、話っていうのは・・・仁科さんの事ですか?」
「・・・ああ、うん・・・アレ、やっぱり管理部の子だった」
「はい・・あたしもすれ違ったんで・・・付き合うことにしたんですか?」
 思わず話の流れで訊いてしまってから後悔した。
 みちるには、何の関係もない事なのに。
 口外しないと言いながら、興味本位で尋ねるなんて、面白がっていると思われたらどうしよう。
「あ、あの、別に答えなくて・・」
「付き合わないよ」
 みちるの言葉を遮るように、篤樹が答えた。
「あ・・・そう、何ですね・・・てっきり・・」
 社内でも人気の美人だし、付き合うと思ってました。と心の中で付け加える。
 断った相手の為に、わざわざここまでして、口止めしようとしていたのか。
 優しい人だなぁ・・・
 みちるの中で、篤樹に対するイメージがぐっと良くなった。
 振った相手を守る為に、ここまでしてくれる男なんて、今時そうはいない。
 今なら、トモちゃんの評価にも頷けるかも・・・
「仁科さんの為にも、絶対言わないから、安心して下さい。南野さんが優しい人だって事は、あたしの胸にだけ留めておきますね」
 微笑んで答えると、急に篤樹が困ったように視線を逸らした。
 心なしか頬が赤いのは気のせいだろうか?
 ワイングラスをテーブルに戻して、違うんだ、と小さく呟く。
「今日、会ってほしいって言ったのは、彼女の為じゃなくて・・・」
「え?」
「俺が、誤解されるのが嫌だったから」
「・・・はあ・・・」
「俺は、管理部じゃなくて、総務の仁科さんから、呼び出されたと思って食堂に行ったんだ」
「勘違いして、ですよね?」
「そう・・・名前だけ見て、てっきり、そうだと思い込んで、一人で喜んで・・」
 喜ぶ・・・?
「え・・・なんで・・・」
 きょとんとして問い返すと、篤樹が視線をみちるに戻した。
「去年の、新入社員研修のとき、廊下で俺が資料ばら撒いたの、覚えてる?」
「新入社員研修・・・?」
 言われて、みちるは記憶を遡るように眉根を寄せた。
 確かにみちるは去年の新入社員研修の担当に当たっていた。
 研修ルームの確保と、配布備品のチェックは毎年総務が行っているのだ。
「営業の仕事とは別に、くじ引きで負けて、初めての研修担当任されて、緊張と焦りで慌ててた。
 研修室の前で資料撒いて途方に暮れてたとこに、仁科さんが来たんだ。
 まだホチキス留めして無かった資料で、時間も迫ってて、それを君が助けてくれた」
「ああ!研修室のテーブルに資料並べて、大急ぎで冊子にしたやつ!」
「そう、それ・・・あっという間に資料纏めてくれて、慌ててた俺に、頑張れって言ってくれたんだよ」
「そうでしたっけ?」
 あっけらかんと答えたみちるを見つめて、篤樹が照れたように微笑む。
「後から総務部の子だって聞いて・・・それから、ずっと気になってた」
「・・・っは?」
 気になってた?
 え、営業部の三銃士が、あたしを?
 そんな些細な出来事で?
 ウソでしょ・・・?
「冗談・・・」
「だったら、今日の今日で、わざわざこっちまで来ないよ」
 真顔で言い返されてしまう。
「他部署との飲み会にも全然来ないし、彼氏いるのかと思って、それとなく同期の子にも探り入れたけど、いないって言うし・・・接点作るにしても、そう頻繁に総務に出入りする事もないし・・・正直、困ってた」
「・・・飲み会とか、あんまり得意じゃなくて・・・」
「らしいね。ちょっとほっとしたけど・・・」
 篤樹が小さく笑う。
 そんな彼を、信じられない面持ちで、みちるが見つめ返す。
「だから、手紙を見た時は、信じられなかった、まさかと思って、でも、食堂に行ったらほんとに仁科さんいるし・・・正直焦った・・・自分じゃないって、言われた時には、めちゃくちゃ凹んだけど、このチャンスに、賭けるしかないと思って・・・飛び込んでみた」
 まっすぐ見つめてくる篤樹の熱っぽい視線は、本当にみちるを好きでいるように見える。
 ウソのような話だと、まだ疑う気持ちが七割のみちるの心をグラグラ揺らす。
「自分でも、強引に引っ張った自覚はあったから、実際待っててくれるか心配だったんだけど・・・駅前で、仁科さんを見つけた時は、嬉しかったよ・・・」
「あ・・・うん・・
 曖昧に頷いたみちるの手を覆うように、篤樹が手を重ねてくる。
 まるで逃がさないと言われているようで、心臓が跳ねた。
 みちるの手をすっぽり覆ってしまう、篤樹の大きな掌。
 包み込まれたままの手に視線を落とすと、篤樹が小さく言った。
「あの子には、別に好きな人がいるって言ったんだ。ちゃんと振られるまでは、別の相手との恋愛は考えられないって・・・」
「・・・うん」
「たぶん、今言っても、困るだけなんだろうけど・・・言っていい?」
 なんでそういう事訊くかな?
 ダメとか言えるわけないでしょう!
 泣きそうになりながら、視線を逸らす。
「南野さん・・・ずるい」 
 みちるの言葉を受けて、篤樹が笑みを深くした。
 優しい眼差しは、みちるだけに向けられている。
「ごめん・・・好きだよ」
「・・・っ」
 堪え切れなくなって、みちるが視線をテーブルに戻した。
「仁科さん、俺の事嫌い?」
「・・・嫌いじゃ、ないです・・・よく、知らないし・・・」
「嫌いじゃないなら、付き合ってみない?」
「あ、あたしとですか?」
「ほかに誰がいる?」
 可笑しそうに笑いながら、篤樹がみちるの手を離した。
 ほっとしたのも束の間、その手が顔に伸びて来て、火照った頬を撫でられる。
 ぎょっとなってみちるが目を瞑ると、篤樹が優しく窘めるように言った。
「そこで簡単に目ぇ閉じたらダメだよ」
「な、何で?」
 反射的に目を開ける。
 目の前、僅か数センチの距離に篤樹の顔が迫っていた。 
「・・・っ!」
 思わず息を飲む。
 みちるの眼を覗き込むように篤樹が自信たっぷりに笑った。
「こういう事出来るから」
「ちょ・・・冗談っ・・」
「だから、冗談じゃないって」
「・・・」
 何も言い返せず黙り込むみちるを見下ろして、篤樹が再び距離を戻した。
 漸く開いた二人の距離に、みちるがほっと胸を撫で下ろす。
「嫌う理由が見つかるまで、一緒にいてよ。好きになって貰えるように、頑張るから」
 決定事項のように告げられて、みちるはいよいよ倒れそうになった。
「・・・あたしの方が嫌われそうな気がします」
 だって相手は三銃士だ。
 比べて、自分はただの地味な総務部のOL。
 美人でもスタイルが良いわけでもない。
 みちるの言葉を受けても、篤樹は全く動じなかった。
「俺は、去年からずっと仁科さんを見てきたけど、幻滅した事ないよ」
「・・・」
 もう何も言い返せなくて、みちるは降参の意味を込めて小さく頷いた。
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