彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
彼と、彼と、彼と side 篤樹
「初デートは成功に終わったか?」
馴染みの居酒屋で、篤樹の肩を気安く叩いたのは、三銃士の一人、杉本斗馬だ。
労うような声音には、信頼と親しみが込められていて、付き合いの長さを感じさせる。
同期として入社した時から、一際落ち着いていた斗馬は、どんな時でも冷静沈着。
この男が声を荒げている様子を、篤樹は一度も見た事が無い。
「成功っていうのかな・・・」
「なんだ、上手く行かなかったのか?」
「いや・・楽しかったけどさ・・・」
「けど、なーんだー?」
篤樹を挟む形で左の席に座っていた、三銃士最後の一人、柿谷貴壱がにやっと軽い笑みを浮かべた。
色黒で体格の良い斗馬に対して、ひょろりと細長い印象を受ける貴壱は、柔らかい茶髪をかき上げて、得意の流し目を向けてくる。
社内でも有名な色男だ。
一晩だけでも遊ばれたい女性社員が後を絶たないと噂の貴壱は、おどけた様子で篤樹の背中を叩いた。
「どーせ、この前のデートで落とせると思ってたんだろ?」
「・・・」
図星を突かれて黙り込んだ篤樹の顔を、面白そうに眺めて、貴壱が馬鹿だね、と笑う。
「あの手の地味なタイプは、これまでお前が付き合ってた女とは違うの、固いの、ガードが。雰囲気に流されそうに見えて、流されないんだよな?」
「お前、見てたのか?」
「んー、俺くらいになると、だーいたい分かっちゃうっていうか」
おどけて見せた貴壱の前に、斗馬が届いた二杯目のビールを置いた。
「茶化すなよ、タカ・・・まあ、確かに、お前の別れた彼女とは違うタイプみたいだな。女の扱い上手いのにな、篤樹」
「・・・どーやったら、あの子、俺を好きになるんだろ」
これまで付き合った彼女は、皆揃って篤樹に熱烈アプローチを送ってきた。
気が合いそうな子がいれば、気安くデートに誘って、そのまま付き合った事もある。
どの子も、篤樹に対して好意的で、見ているだけで好かれている事を実感できた。
モーニングコールに、お弁当、雨の日の迎えに、マメなメール。
篤樹が自ら行動を起こさずとも、彼女たちは、篤樹の望む対応をしてくれた。
そう、これまで、篤樹は自分から誰かを追いかけた事が無いのだ。


精一杯みちるをエスコートしたつもりだった。
彼女も笑顔を見せていた。
けれど。
別れ際、篤樹がみちるの手を握って
「俺の事、好きになった?」
と尋ねたら、みちるは、頷くどころか、困ったように笑ったのだ。
「ちゃんと、考えてるから」



重たい溜息を吐いて、篤樹がカウンターに頬杖をつく。
「俺の仕入れた情報によると、あの子、もう随分彼氏いないみたいだな。長年恋愛から離れてると、尚更警戒心が強くなる。一回のデートで落とせるなんて思うなよー?とにかく押せ、押して、押し切れ」
「簡単に言うなって・・」
「そんなにあの子がいいか?」
黙って二人のやり取りを訊いていた斗馬が、徐に口を挟んだ。
静かな問いかけに、篤樹が頷く。
「みちるがいい。あの子に好かれたい」
「・・・なら、貴壱の言う通り、押すしかないんじゃないか?相手が、逃げ切れないって諦めるか、とことんお前が嫌われるまで」
「究極の二択だな、それ」
自嘲気味に笑った篤樹が、ふいに真顔になる。
「嫌いって言われるまでは、諦めないことにする」
「おっ、前向きー」
面白がるように貴壱が言った。
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