彼と彼女の花いちもんめ~意地悪王子の包囲網~
「しっかしよく泣いたなぁ。溶けんじゃねーの?」

軽口を叩いた柿谷さんは、あたしのせいでぐしゃぐしゃになったスーツについて、何も言わなかった。

まさか、こんなに泣けるなんて思わなかった。

お洒落なレストランも形無しの大号泣。

きっとスタッフや食事客の視線は真っ直ぐあたしと彼に突き刺さっていた事だろう。

勿論、嗚咽を堪える事に必死だったあたしは、そんなの知ったこっちゃない。

男女が一緒に居て、女子が泣き出した場合、ほぼ100%泣かせた男に責任がある。

イケメン三銃士トップの人気を誇る柿谷さんは、これまで感じたことの無い冷たい視線に晒された事だろう。

その点については、申し訳なく思う。

が、独りで泣くな、と言ったのは隣を歩くこの男なので、その点は謝らない。
断じて。

見事に涙で滲んだマスカラと、落ちたアイシャドウとチークと口紅。

惨状と称しても問題ない程度に酷い顔だったあたしは、ひとまずパウダールームに駆け込んで、ガッツリメイクを直した。

仕事場にもフルメイクのセット一式持ってくる主義で本当に良かった。

15分ほどかけて、何とか見られる程度には顔を整えて、出て来た時にはもうすでに彼が会計を済ませた後だった。

呼び出したのは向こうで、乗ったのはあたし。

割り勘にする理由も無い。
まして、彼は年上で新入社員の女子社員に金を出せとは言わないだろう。

万一ふざけたこと言ったら、カバンでメッタ打ち決定!!

と思っていたので、あたしは財布を出す素振りすらしなかった。
当然の権利と思っていたので。

が、さすがにこの状況はあまりよろしくない気がする。

彼の胸元に顔を埋めてほんのちょっと洟を啜って離れるつもりだった。

じわっと浮かんだ涙はすぐに、止まる筈だった、のに。

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