彼と彼女の花いちもんめ~意地悪王子の包囲網~
とんこつ特有のにおいと湯気が充満する古びた店内の角席に柿谷さんは向かった。

カウンターにいるお客さんに背中を向ける事が出来る席を選んでくれたらしい。
こういうところが、モテる秘訣というやつか。

先に上座に座った彼が、メニューを開いた。

向かいに腰を下ろすと、綺麗に右側は壁、左側は厨房の出入り口で無人になっていて、ほっとする。

厨房にあるテレビでは、野球中継が流れているらしく、中年のサラリーマンたちがこぞって視線を向けていた。

ダイエットを始めてから、夕飯に炭水化物は摂らないようにしている。

自宅で一人の時は大抵サラダやヨーグルトで済ませてしまうが、今日くらいは解禁してもいいだろう。

「あたし、とんこつラーメンの紅ショウガとネギ大盛りで」

彼が言葉を話す前に大好物のメニューを口にする。

「あれ、ラーメン好きなんだ?」

彼が意外そうに言った。
その見解は正しい。

部署内のメンバーでラーメンを食べに行っても、大抵の人が“仁科さんってラーメンとか食べ無さそう”と言う。

あたしも笑顔で“あまり食べに行きません”と答える。

こういう服で食事に行くなら、甘いデザートが美味しいイタリアンか、カジュアルフレンチが望ましい。

でも、今日は特別だ。
あれだけの失態を見られた相手だ。

可愛くないあたしを見られても怖くない。

ここは開き直って、久々のラーメンを味わうに限る。

「昔は、好きでした」

「ふーん・・・」

曖昧に返事をした柿谷さんは、濃厚とんこつラーメンの卵のせを注文した。

今更気を使って世間話をするのもおかしな気がして、あたしはぼんやり厨房で店主が麺を茹でる様を眺める。

いつもなら、適当に芸能ニュースや、新作コスメの話を振って、場を和ませるところだ。

が、今のあたしは完全オフ。

無駄口を叩くのも面倒くさい。
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