彼と彼女の花いちもんめ~意地悪王子の包囲網~
「赤くなっちゃって、可愛いなー。
なに、これも見た目に合わせた演技?」

「何言ってるんですかっ!!」

焦って彼の腕を突き放す。

と、彼が意外そうに眼を丸くした。

資料を翳して、柿谷さんが僅かに屈んだ。
二人の距離を近づけるように。

「なに・・・?」

何と無く恐怖心が芽生えて、思わず後ずさるあたしの腕を掴んで彼が笑う。

耳元で囁かれた。

「仕事場では完璧に猫被れるわけだ。
さすがだなー仁科さん」

違う、と否定する前に耳たぶに濡れた感触が走った。

ザラザラした生暖かい何かが、耳たぶに触れて、チュッと音を立てた。

途端、あたしの背筋をゾクゾクした未知の感覚が駆け上がった。

耳たぶを舐められたと気づいた時には、もう彼は顔を離していた。

「っ・・!!」

あたしは声も無く彼の腕を振りほどいた。

何すんだこのエロ男―!!!!


「鬼、悪魔、鬼畜、人でなし、変態」

思いつく限りの罵詈雑言を並べ立てて、あたしは向かいに座った柿谷さんを睨み付けた。

場所は和風創作居酒屋の和室。

頬杖ついて遠慮なくすごめるのは個室だからだ。

正面で寛いだ表情を浮かべた柿谷さんは、届いたばかりのビールを飲んでおざなりな返事を返してきた。

「はいはい。そーいう強がり言えるのも今のうちだから」

「っさい!死ね!極悪人!」



あの後、噛みつかんばかりの勢いで彼の腕を叩いたら、平然と笑って

「晩飯付き合って」

と言われた。

「行くかっ!」

思わず素になって言い返したあたしに、彼は極悪人の顔でこう言ったのだ。

「先日拝見した仁科さんの失恋と転倒の顛末、面白おかしく脚色してばら撒いてもいい?」

俺こう見えて、社内の情報リークしてんだよー?

色んなとこにコネがあるから、どーとでも出来ちゃうけど?

そんな風に言われたら逆らえるわけがない。
あたしは泣く泣く彼に付き合って、不本意ながら二度目の食事に出かけることになったのだ。
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