花束に、気持ちを込めて。
コンコン、と必要のないノックをする母。
「入るぞ」
無駄な言葉をかける父。
わたしが耳が聞こえないというのに、未だにうちの両親は、要らないことを繰り返す。

そんなのいらない。
どうせ聞こえない。
何も分からない。

この世界は無音で。
耳が何も感知しなくて。
自分1人だけが取り残されているみたいで。

……孤独だ。

「今日のご飯、何が食べたい?

食べたいもの……

<カレー>
そう書いて、ホワイトボードを見せる。

「分かった。じゃあ、久しぶりに作るわね」

家族との会話は、基本的に筆談。
唇の動きで、何となく喋っていることは、分かる。

困るのは学校のとき。
先生がこちらを見て話している時は、何とかついていけるが、黒板を見ながら話すと、もう分からない。

勉強は、出来るだけ家で予習しないと追いつかない。
毎日の勉強が欠かせない。
たまに、学校でも。

いつの間にか、ガリ勉佐藤 と呼ばれるようになってしまった。

クラスのキラキラしている女子と違って、私はただの雑草みたいなものだから。
それなら、雑草なりに、地味に、頑張ろうと。
どうせ、悪口は聞こえないんだから。

地味に、平穏に……。
それが、いつの間にか本当になってきた。

もう、雑草どころでもない。
もはや、空気……。

多分、私の名前を知らない人の方が多いんじゃないだろうか。


その方がいい。
耳のことで、とやかく言う人もいなくなる。
このまま、もっと薄くなろう。

そう思っていたのに。

二学期の席替えで。
どえらい目にあってしまうことになった。


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