君と計る距離のその先は…
しばらくすると台車を転がしている音が聞こえて顔を上げた。
橘さんが資料の入った段ボールを持ってきてくれたようだ。
「まだ立てないのか?」
「えっと、もう随分いいです。」
気遣ってくれたり、手伝ってくれたり。
いい人なのか、よく分からないよ。
心配してくれているのなら置いてきぼりにして欲しくなかった。
彼に何を求めているのか、私にもよく分からないけど。
複雑な気持ちでいると橘さんが口を開いた。
「一ヶ月の猶予をくれ。
その間、俺からは絶対に手を出さない。」
懇願するような態度に些か驚いた。
からかわれていたわけじゃなかったみたいだ。
「俺からはって私からだってないです。」
はっきり言っても橘さんはめげない。
「その間に必ず落とす。」
必ず落とすだなんて。すごい自信。
そんなの絶対にあり得ないのに。
「その代わり毎日会ってもらう。」
「ま、毎日ですか?」
「一ヶ月しかないんだ、そのくらい譲歩しろ。」
橘さんは陰で『落としの熊』と言われている。
プロレスとかの決め技ではない。
営業でここぞという営業先は必ず落としてくるからだ。
強面の顔で睨みを利かせているのか、どんな手法で落としているのか不思議でならない。
彼は「俺は戻るから平気になってから来たらいい」と言い残して一人エレベーターに乗り込んだ。
私は押し切られる形で橘さんに一ヶ月の猶予を与えたことになったらしい。
橘さんは忙しそうな人だし、毎日会うなんてそれこそ無理な話だ。
私は橘さんの熱意に押されはしたけど、実現しないものだと高を括っていた。