君と計る距離のその先は…
「ダメか?」
「ダメじゃ…ないですけど。」
「そう。良かった。」
捨て犬のようにすがる目を向けられて断り切れなかった私の返事を聞いた橘さんは目を伏せて頬を緩ませると破顔した。
そんな顔もどれもこれも見たことない。
キューッと締め付けられる胸の痛みと動揺を誤魔化すように付け加えた。
「先輩と後輩としてなら。」
「あぁ。」
素っ気なく言ったのに綻ばせた顔は少年のように眩しかった。
不意に橘さんの携帯が鳴り始めて「失礼」と断りを入れた彼は電話に出た。
笑みが消え真剣な表情を浮かべて電話に出る姿にまたまたドキッとする。
いや、待って。
これがいつもの橘さんに標準装備された顔。
いつもの苦手な橘さんの顔のはずなのに、どうしてか胸の高まりは収まってくれない。
「悪い。誘っておいて。」
電話を終えて謝られた。
やり手の営業マン。忙しいに決まってる。
飲みに行ける時間に帰れるわけがない。
「大丈夫です。」
この誘いは無かったことになったとホッと息をついた私に「先に行って飲んでて」と声を掛けられて再び目を丸くした。