君と計る距離のその先は…


「取引先と打ち合わせじゃなかったんですか?」

「ん?あぁ。」

 一通り注文を済ませた橘さんに質問を投げた。

 いくら頑張れるって言われたって相手があるものなんだから、こんなに早く来るとは思わなかった。
 だからこそ油断してた。

「健太の担当の取引先だからな。
 橘さんも顔見せだけはって言われただけだ。
 慕ってくれるのは悪い気はしないが、あいつも早く独り立ちしないとな。」

 健太というのは、昨日の飲み会の席で「橘さんになら抱かれてもいいッス!」と言った人だ。
 橘さんが教育係をしたせいか、よく知らない私でも彼が橘さんを慕っているのはよく分かる。

 それにしても、可愛がっている後輩の話をする時は、そういう柔らかい顔もするんだ。

 私へ向ける顔とも違う。
 いいお兄ちゃんという顔。

「橘さんってご兄弟は。」

 ジャケットを脱ごうとしていた橘さんの手が止まって悪戯っぽい顔を向けられた。

「なんだ。俺に興味湧いたのか?」

「違っ。」

「否定されても傷つくだろ。」

「いや。それは…。」

 ジャケットを脱ぎながら慈しむような視線を向けられて居た堪れない。

「仕事の話くらいしかしたことないのに。」

 私と付き合うなんてどうしてそうなるのか。

 つい心の声が漏れて橘さんを苦笑させる。

「あぁ。そうだな。
 好きな奴を前にすると何を話していいのか話題に困る。」

「なっ…。」

 好きとか、好きとか、サラッと言った!


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