君と計る距離のその先は…
電車に乗ると特に何も話さないまま、混んだ車両の中を揺られて帰る。
私を壁側に立たせ、壁に腕をついて立つ橘さんは私に触れない位置で他の乗客からもさりげなく守ってくれた。
電車から降りると慣れた道を慣れない人と歩く。
不思議な気分だった。
「あの、ここなので。」
「あぁ。そうか。」
名残惜しそうな声色が胸を締め付ける。
今にも踵を返して去っていきそうな橘さんを呼び止めたい衝動に駆られて、つい声をかけていた。
「あの…。」
「なんだ。」
甘くて優しい柔らかい「なんだ」に本音がこぼれ落ちて体が勝手に動いていた。
「さっき。
撫でて、欲しかったです。
私からならいいですよね?」
橘さんの大きな手を取り、頭の上へいざなうと、両手でつかんだその手を前後に動かした。
呆気に取られていた橘さんが目を細めて微笑むと数度、頭を撫でてくれた。
「んとに。
可愛くて悶絶死させられそうだ。」
彼は苦笑するとチュッと音を立てて自分の手の甲にキスをした。
それは手の甲を通して私の頭にキスしたみたいだった。
「じゃ、じゃぁ。おやすみなさい!」
「あぁ。おやすみ。」
どっちが悶絶死…。
私の方が、だって頭へのキスだって…。
思い浮かんだ言葉を振り払うように頭を振った。
頭にキスして欲しかったなんて、どうかしてる。