君と計る距離のその先は…
8.偶然
病院からアパートへ帰るにはどうしても会社から一番近い駅で電車に乗らなければ帰れない。
最初の頃はこれさえも嫌だった。
誰かに会うんじゃないか。
真野さんってもっと早くに帰りましたよね?って聞かれたらどうしよう。
こんなことまで如月先生に相談していた頃が今はなんだか懐かしい。
「あれ。偶然だね。」
声を掛けられてギクリとする。
ちょうど思い出していた如月先生と練習した当時の言葉を口から転がり落とした。
「本を、本屋さんに寄っていたので。」
「ん?あぁ、本屋さんね。
あそこの本屋さんって置いてあるジャンルが珍しいし。って、俺は偶然だねって言ったんだけどな。」
柔らかに微笑んだのは宮崎さん。
当時を思い出していたせいか、ぎこちない返答になっていたみたいだ。
取り繕うように「ホント偶然ですね」と返した。
フッと笑った宮崎さんが当たり前のように言った。
「食事にでも行かない?」
「え…。」
宮崎さんは橘さんと同期で、彼のことを聞きたい気持ちもある。
それに宮崎さんは柔和で、彼と2人でいても会話にも空気にも困ることはないと思う。
「お店は俺に任せてくれる?」
返事はしていないのに、行くことになっているみたいだ。
私には心地いい強引さ。
「はい。お願いします。」
私が頭を下げると「うん、任せて」と微笑まれた。