君と計る距離のその先は…
「はい。大手デパート総務部です。」
タイミングを見計らってボイスレコーダーの再生ボタンを押す。
「おはようございます。真野です。
お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」
「体調が悪いので今日、お休みします。
草野課長にお伝え願えますでしょうか。」
「はい。分かりました。お大事に。」
「すみません。よろしくお願いします。
失礼します。」
「はい。失礼します。」
当時はつらそうな声で録音することを心掛けた。
その声を流すと、本当に今話しているようだった。
つらそうな声なら少しくらい相手と間合いがおかしくても気にならないし、相手も余分なことを聞き返さないとアドバイスもらったことは本当だった。
それでも緊張から汗が噴き出していた。
ドッドッドッと全力疾走した時みたいに早くなる鼓動を感じて、その場で横になった。
強めの薬を飲んでしまいたい。
飲めば飲んだ時は今よりも楽だ。
けれど飲めば飲むほど切れた時の反動は大きい。
振れ幅が大きいほど倦怠感もひどくなり、悪循環に陥る。
私は目を閉じて横になった体で深呼吸を繰り返した。
大丈夫。病院もこういう時は午前中の遅い時間に予約する練習をした。
緊急で予約した時は最悪、受診できなくても構わないと許しをもらっている。
とにかく動けるようになるまで自分を甘やかす。
人目が怖いなら帽子を目深にかぶり、マスクをしても女性ならそこまで変に思われない。
鏡を見て、そんな練習までした。
目を閉じると穏やかな顔で微笑む如月先生の優しい顔が浮かんでいた。