Adagio
(一回だけでいいから、坂巻さんと一緒においしいケーキ食べに行けたらなあ)
 有紗はそっと、淡い恋の溜め息を吐き出した。

 憧れの人と付き合いたいだなんて大それたことは考えていない。任される仕事の需要さがまるで違うし、向こうは誰からも必要とされる才能のある人。

それに引き換え自分は、誰にでも出来るような仕事をこなすことさえ精一杯だ。その上、見た目だってまるで釣り合わない。

 ふっと有紗の横を、流行りの服に身を包んだ女性グループが通り過ぎていった。細身のテーパードパンツには程よいゆとりがあり、ちらりと覗く足首は同じ人間とは思えないくらい華奢だ。

(綺麗な人だなあ。もし、あれくらい細かったらなあ)

 振り返って、有紗は心の中で呟いた。すると、その声が聴こえたかのようなタイミングで、女性が振り返った。隣に並んで歩いていた友人らしき数人も次々と振り返り、有紗に視線を向けてきた。
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