かんしゃ の きもち
「……偉人さんも、いい匂い」
「へ?」
くすくすと、くすぐったい笑い声と同時に、まるで子猫みたいに俺の首元に鼻先を擦り付けてくる彼女が愛おしい。
「……美味しそうな、いい匂い」
「おいしぃって、……あ」
今日は惣菜のテコ入れの日。
担当の今岡が、満を持しての新メニュ―『ザンギ』とかいう唐揚の試作品をアホほど揚げた。出先から戻ってきたら、店内どころか事務所まで充満した妙に香ばしい油の匂いでみんなすっかりやられていて、こっちも試食する前から既にしっかり胸やけになった。
「……あのさ」
「……ん?」
今晩はザンギと……、昨日買ってきた冷凍のだだちゃ豆にざる豆腐、それとビールでいっかな。すごい手抜き感満載の晩飯になりそうだけど、たまにはいいだろう。
それよりも。
「今夜はどろっどろに酔わせてやるから、安心して乱れて」
彼女の耳元でそう囁くと、返事の代わりにふるりと彼女が躰を震わせた。
【 終 】