【短】碧くんしか見てないよ
「いってぇ…」
消毒液を右肘にかけた碧くんが、小さな声でつぶやいた。
見るからに痛そう…。
大丈夫?って、言いたい。それくらい言えるでしょ、わたし。
左手で右肘に大きな絆創膏を貼ろうとしている碧くん。すごくぎこちない。きっと右利きなんだ。絶対貼りにくいでしょ、それ。
手伝おうか?って、言いたい。言ってもおかしくないはずだ。そう言ったくらいで、わたしが碧くんのことを気になってることなんて気づかれないはずだ。
言え、わたし、言え…!
「あの…、もしかして体調わるいんですか?…って、だからここに来てるんですよね」
わたしのほうから話しかけるはずだったのに、予想外に、絆創膏をなんとも不格好に貼り終わった碧くんがわたしをまっすぐにとらえ尋ねてきた。
どきんっ
碧くん、こんな声してるんだ。
顔はどちらかといえば童顔なのに、声はすごく大人っぽくてかっこいい。
「顔赤いけど…熱があるんですか?」
うそ、顔赤くなってる?ただ碧くんとふたりきりでいるだけなのに?あ、ほんとだ、顔が熱い。やだ、こんなの碧くんが気になってること、ばれちゃう。
「先生、呼んできましょうか?」
「っ……の、わか…」
「…えっ?」
「わたし、2年の紺野和華…」
「あ、ああ、うん、見たことあるよ」
そのとき、保健室の扉が開いて、保険医の先生が入ってきた。
「あら、碧くん。また転んだの?」
「そうなんすよ、まあどうってことないです!」
「それならよかった。あなたはどうしたの?体調わるい?」
先生に話をふられ──わたしは「大丈夫です」と行って保健室をあとにした。
この日、はじめて碧くんと会話をした。ほんの少しだけど。
碧くん、わたしのこと、見たことあるって言ってた。
ずっと敬語だから、先輩に思われているのかと思った。
よかった、存在も知られてなかったら、ショックだった。
ねえ碧くん。
わたしはいつも君のこと、見てるんだよ。