モーニング・ステーション
恋から醒めた虚しい朝
夢を見ていた。
男になって酔い潰れた次の日の朝の二日酔いの夢を。
私は近所の小学校のチャイムの音で目を覚ました。
ピンク色のカーテンが風でふんわりと膨らむ。
窓の外からは子供たちの元気な声が聞こえる。
首を捻って背後にある時計を見ると8時35分、
丁度授業がはじまるころのチャイムかな。
そんなことを考えながら頭を枕の上に戻す。
何で二日酔いの朝の夢を見てしまったんだ。
頭が鈍痛を訴えて私はまた目を閉じた。
しかも、よりによって男にならなくたっていいよね。こんな時に、
男になる夢なんて見たくない。最低。
枕元のスマホの画面が光った。
アプリのアイコンにはメッセージが999+と表示されていて、それが誰からのメッセージかは見なくても分かっている。
あいつだ。
184センチ。黒髪。大学生。スタンスミス。
タバコの匂いとギターの弦の上を滑る長い指。
そして、知らない女の裸、白い背中。
寝返りを打ってスマホから目を背ける。
それでもあいつとあの幻影は私の中にしつこく現れて振り払おうとしても、逃れられない。
そんなの、思い出したくない。
ふわふわの布団に顔を埋める。
このまま、変化のない暗闇の中に居たい。
そんな風に現実から逃げようとする。
今は逃げていたい。
布団は体温で段々と熱を持ち耐えられなくなって布団を投げ出した。
白い天井にあいつの焦った顔が浮かんでしまう。
あの時、その口が何を言うのかは知りたくなくて、
玄関のドアを押し開けて走って逃げた。
アパートの敷地から出た途端に昼間の景色がぼやけてきて。感情を頭で理解するより先に体が、それも瞳だけが過剰にさっきの光景に反応している。
そして、訳もわからずにボヤけた景色の中あてもなく歩き続けた。
気がつけば3駅分離れた見覚えのあるアパートに着いていて、まさかの帰省本能に笑いがこみ上げる。
鍵でドアを開けて家(うち)に入る。
持っていたカバンを部屋に適当に置くと、
冷蔵庫に冷やしておいた缶ビールとあいつの好きな出汁醤油味のポテチを取り出して、乱雑に机の上に広げる。
耳に直接響くバリバリという音こそがこの二つの瞳が確認してしまった出来事を噛み砕いて破壊することが出来るかのように、食べ散らかす。
そして苦味を含んだ液体で喉を洗い流した。
苦味と頭に抜ける爽快感だけが私の口を通して発揮される。その作業は、あの光景に対する私の感情の穴を埋めるように、せっせと無心で続ける。
知らない土地、知らない人たち、独特の文化。
初めてのことにワクワクしていたのも束の間。
焦りと劣等感を引きつる笑顔で必死に隠して、
気がつけば疲弊していて。ボロボロになりかけた私。そんな私を抱きしめてくれたあいつの腕は、他の人を抱いていた。
初めてだった。
私のすべてを、あいつは全部奪って奈落に捨てた。
こんなこと、小説とかドラマとかネットで見飽きるくらい読んできた話なはずなのに。
気持ちの予行練習は昔に何度もしてきたはずなのに、どうしていいのか全然分からない。
そう、結局こんな話、
私とは絶対に無関係だと信じていた。
いや今もまだ信じてる。
キラキラした恋愛をして、初めての人と結婚する。そんなささやかな夢。
でも、部屋を眺めると空の缶が3本転がっていて、
ゴミ箱にはポテチの袋が突っ込まれている。
吐いたため息は酒臭くて、現実を更に叩きつけられる。
部屋に広がる光景と酒臭い体臭が、
私にもう少女じゃないと宣告して。
それでも、まだ夢を見ていたいよ。