君と過ごした冬を、鮮明に憶えていた。
やがて立ち上がり、私は部屋をぐるっと見回した。
 目についたソファに粗々しく座る。
 そして、考えることを止め、目を閉じた。そうしたら、忘れられるかもしれないと思ったから。今までのことも、全部。
 -ガチャ
「あがったわよー」
 後方から、扉の開く音と、母さんの声が聞こえてきた。私は、目を開き、返事をして脱衣所へ向かった。

 それから10日後のことだった。あの喫茶店の男が、私たちを迎えに来たのは。

 母さんに言われるがまま、私は白いワゴン車に乗った。助手席に母さん、後部座席に私。運転席には、例の男。2人は、何やら楽しそうな話をしていた。話に入りたいなど特段思わなかった。まして、ぶすくれた態度を取るわけでもなかった。
 ただ、見ていた。内容自体私に理解できるものではなかったというのも、行動の根拠に成り得ると思う。
 目的地に着いたのか、母さんは私の方を見て降りてと言った。言われたままに降りる。そして、そこには、
「か、ど...うみ?」
 黒く、シックなイメージの家が堂々と立ってあった。白く縁取った、紺色の表札が際立つ。その表札に、縦書きで流れた字体として”門海”と書かれてあった。
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