あなたの大切な人の話
「勝間が母の故郷なので、見に来たんです。昨日一日いて、バス停がある下沢に行くところだったんですけど、タクシーになぜかこの海岸に連れてこられてしまって……。寝ていた私も悪いのですが、戻るほどの手持ちがなくて、とりあえず降りて、さ迷っていたんです。お恥ずかしい……」

「ああ、たしかに町にも下沢というバス停がありますが、この海岸自体を下沢海岸とも言うんですよ」

「そうなんですか?知りませんでした」

「ドラマのロケ地だったそうですよ。若い人が見る恋愛物の。ですから、タクシーを使って下沢へ行きたい、という人は、ここへ来る人が圧倒的に多いでしょうね」

「それでタクシーの運転手さんは勘違いをしたんですね。良かった、騙されたんじゃなくて……」

あなたはピンときていないようです。
騙されたか騙されていないかは関係なく、目的地とは違う場所に来た結果は変わりませんから。

「こちらがご実家ということではないんですか」

実家というわりには、土地勘がなさすぎると、あなたは不思議に思っていました。母の故郷、というのは、どういった場所なのか、あなたは自分にそのような場所があるか思いを巡らしましたが、思い付きませんでした。
それか、知らないだけかもしれません。

「母が高校生まで暮らしていた場所なんです。今はゆかりはなくて、母の実家も別の場所にあります」

「へぇ、そこへ、今回はひとりで」

「はい。一人旅です。なんて言うんでしょうか……巡礼、ですかね」

「あー」

察しのいいあなたは、すぐに、彼女の母親は遠くない過去に亡くなったのだと理解しました。
しかしそれには言及しませんし、顔色も変えません。
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